緊急事態宣言が解除された。精神デイケアとは何なのか??

2020年6月2日火曜日

気持ちコラム 精神デイケア

t f B! P L

世界中で猛威を振るっている、新型コロナウィルスですが。

感染拡大を抑えるために、緊急事態宣言が発令されました。首都圏から全国へ。

対処に対しては賛否両論ありますが、都市封鎖とはならず、宣言となり日々不住な生活を強いられることになった。

人類にとっては、これほど大規模で世界中において規制を張るということは初めての事らしい。

前置きは、そのくらいにして、

今日は緊急事態宣言が発令され、解除されて。思う気持ちを書き留めておきます。

緊急事態宣言を受けて

何処の施設や会社においても大打撃、国においても経済低迷になる自粛、医療機関やライフラインが保たれるための機関においては要請と支援があり過酷な状況でも提供をし続けることが、課せられた。

そのほかの人、自宅でも仕事が可能な人はテレワークという在宅勤務に変換された。それが出来ない場合は経営も成り立たないので廃業や解雇されることになっている人も多い。

そして、自分は

自分の勤めている場所は精神科デイケアです。

院長は危惧はしていたものの、メンバーが外来受診の際に発した言葉「デイケアは大丈夫なんですか?」により、デイケアを4/14より閉じると決断した。

決断したことは、とても勇気のいることであるし、集団感染の可能性が高いデイケアを開催しない。という決断も理解できるものであるが・・

デイケアの意味って何???という事が頭の中で駆け巡った。

デイケアの意味って何?

みなさんが思っているデイケアってどんなところなんでしょう?

そして、医療としてのデイケアって何なんでしょう?

福祉でも医療でもデイケアや通所リハ、訪問リハなどほとんどのところが開催しております。

家は、閉めました。

違いって何?

こんなことをつらつらと自粛の間、ずーっと考えておりました。

テレワーク制度もないとのことで、暗いデイケアに一人。毎日出勤してきていました。気が滅入るなんてことは、こういう事なんだと実感しつつも。成す術があるのかないのか・・・

「娘には、居るだけでお金がもらえるのだからいいんじゃない」

と絆されたのか、諭されたのか、実際には職を失った方が多い世の中で、職があるだけでもありがいことなんだと思うが、

何かをやりたい、どうにか役に立ちたいと思い続けてきた。自分にとっては結構な試練でした。

しかし、テレビでこの間も書きましたが、

回遊魚。動かないと死んでしまう。

「こういう、時期だからこそ、身体は自粛だけど、頭は駆け巡るしかない」

という言葉に感銘を受けました。が、現実は、一人で寂しい。という気持ちに潰されそうでした。

デイケアメンバーはどうしている?

メンバーに連絡する機会があり、メンバー全員に連絡した。

「5月中はデイケアお休みです。緊急事態宣言が解除されないので」と伝えに連絡をして回った。

それぞれが「暇だ。」「シンドイ」との声を聴かせてくれた。

自分もしんどいことも伝え、また会いましょうと言ったが、共有感を得る気持ちがあるが、安心感には成らなかった。

自分で感じている以上に、心が荒んでいるのが分かった。

この状態を生み出している。それに対して、配慮が無い状況である職場に対しての嫌悪感が拭えない。

そう感じている自分にも嫌悪しながら、不貞腐れながらの生活。

色褪せた感じで世界を覆っている。久しぶりの感覚。以前にもこんな感覚を味わったことを思い出す。遠いはるか昔のようであるが、鮮明に覚えている記憶。

より一層胸が苦しくなる。。

「ふー」と、息を吐く。しかし気持ちは晴れず。

こうなると、どもうこうもない、何もかも無味無臭に感じでしまう。

実際には感じているので新型コロナにかかったとは思えないが、そんな気分になっている人は世の中には自分だけではないだろうと心の中で感じていた。

メンバーもそんな気持ちなんだろうなと思うことで、共有意識が持てたのだと思う。

世の中の当事者はどうしているの?

作業所においても、お休みしたところと、継続したところに分かれた様子。医療においても大体のところが通所リハ、訪問リハ、デイケアなど開催しているところがある。

ほとんどのところは運営もあるし、それ以上の休みでの弊害を加味してか実施している。

この運営することや休みにすることの弊害をどう考えるかで、機関の趣旨が理解できるのかもしれない。

家は、休むことへのメンバーの配慮というよりも感染拡大への社会的・院所経営への配慮が強い。悪いことではないが。

それに耐えられる。それに従事できるメンバーであることが理解されているという事でもある。

デイケアの意味合いって何?

そうなると、こんな疑問が出てくる。

じゃあ、デイケアってなに?開催する意味あるの?

そして、自分は必要?無能感に押しつぶされそうになっている自分に対しての問いでもあるしデイケアの本質を見つけ出したいと思う自分でもあるし。

ましてやデイケアの可能性を見出したいと常に思っていた自分への答えを探し、それに納得できない自分を承認するための言葉を探しているのかもしれない。

いろいろとごちゃごちゃ考えていても、

「精神デイケアってなに?」

この答えは出ず。

今日からデイケアが再開された。

再開のルール

再開にはルールを設けた。

感染拡大になってしまったら、元も子もない。

  • デイケア開催を午前中のみとする
  • 定員数を設定し、参加曜日の再調整と曜日以外の参加を中止とした
  • 定期受診時の利用は禁止とした
  • 利用時の検温、手洗いの実行
  • 利用中のマスクの着用、他者との距離をとり利用すること
  • 食事の中止
  • 6月は準備調整期間として随時調整していくこととした

ルールとして挙げた以上の事は感染を拡散しないため。医療現場として最低限の事を行うため。として挙げた。

そして、今日、3名の参加者が来た。

一人は久しぶりの参加で高揚もされたため、体温上昇37.2℃となってしまったために帰って頂いた。

残った二人とは、おしゃべりして、体がなまっているとの話で、youtubeにてヨガを流し一緒に運動した。

気持ちがやっと晴れた気がした。

こころは一つではないです。支援者も当事者にも同じ心があり、特に自分は弱っちく、甘えん坊なんだなっと思いました。

泣きそうな気持を堪えてこの日を迎えられたことを、綴っておきます。

では、また。

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