今日は、日々、支援者を行っていると必ず、誰でもが苦悩する対象者との関係についてお話しします。
何かぎこちない
支援者をしていると対象者である、患者さんや利用者さん・メンバーとの関係が何かちょっと違和感と言うかぎこちない。
「何を話してよいのか、この間この話をしたら嫌がれたし・・・」
「こんなことして怒られた」
「怒られそうなので、話しかけずらい」
「いろいろと親身になって話しかけているのに、気持ちを出してくれない」
こんなことがあるとどうしても話しかけにもどこかよそよそしさがにじみ出てしまいますよね。
でも、こうなってしまった以上は仕方ないし、職業人としても対応しないといけない。
でもどうやって!って思いますよね。
先輩や同僚に相談しても、
「あるある」
「だれでも経験あるよ」
「それなりに対処した」
と具体的なアドバイスはもらえず、なんとなく分からないままこなしてしまっている人の方が多いと思います。
しかしこの気まずさって、リハビリにとって必要ですか?
メリットってあります?
ではデメリットは?
今回は、キチンとメリットデメリットを理解したうえで、相手の反応と照らし合わせを行い。自分のスキルを磨きましょう!
ってお話です。
なんでそうなったの?原因を見てみよう!
いつも通り、書き出しが迷走していますが、ここからはビューンっと行きますよ。
着いてきてくださいね!!
まず、考えないといけないのは、気まずい現象があるという事。
嫌われたり、怒鳴られたり、そっけなかったりと反応があるという事は原因となる事柄があったんだと思います。
「思い当たらない!」と思ったあなたは。しっかりと考えてみましょう。
知らない間に、人に不快感を与えているという事ですし、自分自身をマネージメントしていないという事です。作業療法士として、治療場面をプロデュースすることはとても重要ですよね。そして医療としてもリハビリとしても相手の反応、観察はとても大事です。
なんでこんなことになっているのかを客観的に評価することを忘れてはいけません。
見落としていることに気づきましょう!
原因が分かったら、それについて、対象者の思考や思い。苦悩を理解してみましょう!
誰もが、気まずくしたいと思って支援者を行っているわけではないんだと思います。良かれと思ってやっている事と思いますが、
その人にとってはどうなんでしょう?」
良い事でも、心地よいことですか?
辛い事の方がほとんどですよね。でもそれは理解できているものなのかが大事です。
こうすれば良くなるからやりましょう!と一方的に指導や援助をしても、対象者は先は見えないし、やっていることに実感は持てないので、辛さしかありません。
対象者の苦悩をくみ取り、その人が理解したうえで行うことは、意欲を導き出し、自然治癒力を高め、支援者と対象者との関係性も良好になり更なる効果が得られることになります。
気持ちを汲むという行為や思考がないと、痛いだけという事は忘れないようにしましょう!
他の人には良く笑顔で話している。
今回のタイトルにはいろいろな意味が含まれていましたね。
こちらの事で悩んでいる人も居ると思うので、書きます。
「心を自分に開いてくれないけれど、他の人には開いてくれる。相談もしている。自分にはしてこないのに・・・・担当なのにな」
このような心の叫びがあったとしたら。それは、被害感情が表出しています。
キチンと分類と評価をしましょう!
どんな時に人は心を許すのか
ひとが他人に心を許すときってどんな時でしょうか?
先ほど述べたように、受けれてもらえていない状況では、誰でも話したく無くなります。一方的は思いは伝わらないのです。
受け入れられる状況か
と言うのがキーワードとなります。
自分のやってきた行動が、その人にとって受け入れられる状況なのか!
これは一見きつい言い方ですが、過剰にとってはいけません。しっかりとこの意味を吟味していきましょう!
まず、受け入れられる提案をしたいのか?という自問自答の問いにだれでもなると思います。是正出来ることなら改めましょう!
だれでも間違えや思い込み、身勝手な振舞はしてしまうものです。この辺は先ほどの話と通じますよね。
あと、もう一つ述べたいのでわざわざ書きました。
支援者としてプロだったらどうだったのか?
では、あなたの提案や提供がとても有効的だったらどうでしょうか?
支援者のプロとして、リハビリのプロとして従事している人なら、上手にやれたのでしょうか?
答えは「いいえ」です。
それは百戦錬磨の人の心が読めて操作が出来る!というような神のような人が居たとしたら可能ですが、
人は誰も完璧でりません。完璧とはいかないまでも、自分の理想を追い求めるもの。未完成であるという事なのです。
また、人との心は正直読めません。科学的根拠と傾向と対策により心理学や脳科学などの分野がありますが、その人の心となると意味合いが違ってきます。
そのひとの傾向までは経験や知識で導き出せますが、この先は難しいです。なので、上手にやれるか!という断定的な問いには「NO!」となります。
人の心にある矛盾
でも自分よりは上手に対応できますよね。となります。
そうですね。ある程度までは対応できます。
しかし、よく考えてください。
相手もひとです。
人の心をよく考えると、
人の心には矛盾があります。
良い結果を求めるが、それに伴う痛さは辛さは極力避けたいと思います。
そして、努力は苦手です。
これは誰もです。目標も不明確で、見通しが不明であると、ひとはこれ程脆いかというくらい努力は出来ません。力が入らないのです。
目に見える目標がとても大事。
だからなんでも目標は大事です。と言われるのです。
しかし明確な目標を提示できなかったり、目標を提示しても実感が伴わない場合はどうしたらよいのでしょうか?
そんな時に必要なのは、困難な道を共に歩んでくれる、支援者ですよね。
辛い過程も理解者と歩めばこれ程楽しいものはありません。苦行が試練と変わり生きる糧にもなります。
目標や目的地が無いとやる気は出ない
しかし、そう簡単に目標は提示できなかったり、信頼感が得られない場合はどうなると思いますか?
キチンとした道のりが理解していないのですから、足と止め楽な道を探したりしますよね。
そうなると、今のままの自分でいいのかという葛藤と、先に進みたない葛藤が生まれるので、今のままでいいんだという賞賛や、認証を得たいと考えます。
だから、先の道しるべを示す人を敬遠することは、人の心として当然の行為なのです。
心の機能が分かっていないと振り回される
精神科では良く起こることですが、依存や退行、虚勢、などなど、これを理解していないと振り回されたりします。
そうなると支援者として苦悩に苛まれます。
これは、精神科だけではないですよね。人の心ですから、私にもあなたにもありますし、ましてや、病になっている人には心の余裕もないのですから、起こりやすい現象ですよね。
だからこそ、どうその人に寄り添うかを考えて考え続けることが大切なんです。
そして、考えたことが行ったことがすべて良好ではないことも肝に銘じておきましょう!それを望んているか望まれることなのかもよく考えましょうね。
支援が独りよがりになってしまったらそれこそ、支援ではなく押し付け押し売りですよね。

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