数年、関りがあるメンバーが居ます。
幼少期の事や学校での出来事、前回利用した時のデイケアなど、事あるごとに情報を提供してくれています。
しかし、先への、未来への、将来への展望や希望を語ることは無く、
自身から「難しいんですよ」との声があり、現実も将来も検討することを拒否しているようにもみられた。
そんな生活での利用が何年が続き、
昨年より大きく変化。いろいろなことを体験することとなり、意欲的に生活を送ってきている様子もあった。
私への関与は以前は否定的で、関りを避けていたところも見受けられた(以前の担当者は、色々と言わないし、口も出さない。聞きたいときに居てくれた。)が、
精神状態の変化と判断し、アクションポイントであり、分岐点と考察し、アクションを行った。
すこしづつのアドバイス提供、受け入れ、やり取り、友好関係を気付いてきた。
そして、先日、あるメンバーより司会の平等性の話が出た。それについてみんなで話し合う時間を設けた。
後日「あの話し合いはつらかった。」
「話しが出た時点で”そんなのどうでもいいと思った”イライラした」と話し、
<伝えてみたら?>
「雰囲気じゃないから否定的な言葉は言えなかった。」
「前はそんなことなかった」
「みんながいろいろな意見を言っていたので自分も意見を言いやすかった。」
<前と今とでは違うと思うし、伝えるのは難しいと思うが、前はどうだったの?>
「前はみんなの意見を自分が聞いてまとめる人だった。自分の意見も言えた。」
<新しい人も居るけど、古くから利用している人も居るよね>
「あの人は、変わった。前はもっといろいろと頑張っていた。弱くなった」
「昔と今では違う事も分かっているけど・・・」
<もしかしたら、将来への目標があった方がいいのかもしれない>
<昔と比較してしまうのかも、明確じゃなくてもまずは、考えてみることも大事かも。>
<ひとりで考えるのは大変なことだと思うので、何かあったら相談してください。>
ーーー これで安堵した表情となり、先への展望を友人に話したりしていた ---
しかし、後日、自分が集中し参加したいプログラムにて、スタッフとメンバー一人とで会話していた。久しぶりに参加したメンバー、状態観察と助言のために会話を行っていた。
・・・
その次の日、朝早くより「一言いいですか?」と相談時間前に来て”相談ではないと”
「話が長かった。聞きたくなくても、聞いてないけど、話している声を聴くだけでイライラが募ってきた」と話す。
<プログラムにはみんな全員が参加できるわけでもなく、会話を制御するのは難しい。>
<場所を変えるなどの処置を伝えたり、自分が離れたり対処することは出来なかった?>
「外に出ようとも思ったけど・・・」
<プログラムに参加したい思いも理解しているので外は難しいかもしれない、少し場所を離れるなどの対処ができたらいいと思う。>
「・・・・」
ーーーーー これで話が終わり。
その後メンバーはほかのメンバーに話したり、看護師に同じように訴え、
次の日、「前から合わなかった。居場所がなかった。デイケアを変えます」とほかのスタッフに伝えていた。
これを聞く前より、「・・・・」の反応や、看護師への訴えを聞き。
自己反省を行った。
”もともと過去に生きている人に、少し変化したからと、将来提示は重過ぎる。治療であるが、それに迎える本人の意気込みも体力も対応も出来ているのか、そしてフォローアップする体制もないままに、リハビリと言っても本人同意が甘すぎたのでは”と反省しました。
更に、次の日、別の看護師にフォローをお願いすると。
意見は変わらず「話しても聞いてもらえなかった、理解してもらえない。前の人は詰めて来なかった。今のデイケアは合わない。居場所がない。違うところも検討する」と話した。
更に、実感した。メンタルリハビリって難しいというか、
診立てが甘すぎ、自分に自分で酔っていた。
メンタルリハビリを証明したいと懇願した結果。本人の動向を見間違っていた。
自分の力を過信し、強行した結果だ。
本人の同意の上、さらに、負担があっても受け止められる範囲での提供とフォローできる状況で行うべきである。それが今回の教訓。
そして突き刺さる意識として
”リハビリなんて誰も求めてないんじゃない?治療といいって通って。おしゃべりして過ごして行きたいのが現実。理想を突き付けるな。”
そして、自分に問う・・・・
あなたの仕事は何ですか?

0 件のコメント:
コメントを投稿