二度とない実習であること
実習は過酷なものです。
心構えでも説明させてもらいましたが、過酷ですよね。
まだ読まれていない方は、是非とも一読してください。損は無いと思います。
実習は当然ながら学生のうちに受けるものです。
言い換えると学生のうちでないと受けられないものなのです。
資格を持ってしまった後では受けたくても受けられません。
資格を持つということは責任と業務がありますので、他部署、他機関を見学・研修なんてことは早々出来ることではありません。
そして、それは実習ではありません。研修なのです。自分で診て感じるだけです。質問すれば、分からないところは教えてくれるかもしれませんが、それは自分が疑問に感じたことを質問という形で出してこそです。診る目が合って疑問に感じる目を持ってないと、あまり意味の無いものです。
しかし、実習は、右も左も分からない学生が受けるものと決まっています。だからこそ、指導者であるスーパーバイザーという制度で、見えていないところを教えてくれる機会が与えられているのです。
スーパーバイザーという指導者という立場を忘れて、先輩風を吹かし、パワハラや暴言を吐く人は居ます。それは否定できません。私もそんな経験をしました。
しかし、その指導者の目に学生が留まってしまい、実習自体が指導者のご機嫌伺いになってしまったら、何も分からないで実習を終えることになります。そうならないように、自分に問い、現状を観察し分析すること、とても大事です。
二度とない実習ということを胸に刻んで必死に日々を暮らしてみてください。必死になればなるだけの見返りが、必ず自分に帰ってきます。
学生だから出来ること
学生であっても人はだれでも、人に嫌われたり、疎まれたり、怒られたりすることは非常に苦痛であり、避けたい気持ちになると思います。
しかし、実習だけは、怒られたほうが良いのではと私は思います。
私の実習の体験を話させてもらいます。
私が初めて評価実習で行かせてもらった老人保健施設でのことですが、当然のように右も左も分からず、勉強も何となく、そして現実を見ていないから、”何とかなるだろう”という楽天的発想の基で実習に行かせてもらいました。形だけのデイリー、ケース日誌。どう書けば良いかだけに頭が働きました。
何度もバイザーに注意され指摘されましたが、その意味を察するよりも、ご機嫌。評価。点数を気にして日々過ごしていました。そんな調子なので、学校の先生の呼び出しを受けました。
先生から”しっかりしろ何やっているんだ!”と叱咤と激励をもらいましたが、どつぼに嵌っている私には殆ど届かず、どうすれば良いのか、どうすれば合格点がもらえるのか。とずっと考えてしまい。
患者さんのことなんか、理解しようとも、知ろうも思っていなかったんだと、今頃になって分かりました。患者さんの名前も顔も覚えてないんですよ。本当に失礼な話ですよね。最低でした。申し訳ございません。
そして、最終日、ギリギリで合格点もらいました。バイザーの温情です。私の苦悩が伝わったとのことです。そして「臨床実習ではもっと苦労すると思うけど、苦労しないと先無いから」と苦言をもらいました。
そのときの言葉は忘れないです。指導内容はほとんど覚えていませんが、自分に対しての叱責はしっかりと胸に刻んでいます。とても愛のある指導だったんだと、後々資格をとりバイザーとなり学生と向かい合って気が付きました。
自分をとことん詰める。どん底まで突き詰める。このことの重大さに気が付くのは、臨床経験を積みバイザーを何年もやらないと実感できないのかもしれませんね。
なので、実習で怒られたくないかもしれませんが、怒られるくらいが丁度良いと思います。真剣に向き合ってもらっている証かもしれませんし、自分が見ている視点が自分の甘えの上にあることだからかもしれません。
実習は自分の甘さを拭うものだと思うところもあります
そして、今後、怒られる機会も早々ありませんよ。社会に出ると怒られることは無くなります。責務だけが圧し掛かりますし、業務だけが溜まります。怒るほど他人に関心を持てる間柄でないのと、同僚ですからね擁護や利用のほうが強くなります。
だれも指南指導はしてくれないものと思っても良いと思います。
「相手を診る。状況を理解する。自分を診る。そしてそれらを活用して、現状を変化させる」
私たちの仕事はこんなことをするのです。失敗なんて当たり前ですよね。
私は資格を取ってから、10年?20年?・・・随分経ちますが、毎日が失敗と反省の連続です。その積み重ねで次はどうするか考え、出来るだけリスクを減らし、メリットを増やすように日々取り組むことが仕事だと思っております。
作業療法はアクションからのリアクションで療法する。
そう書籍やバイザーから教えられたことが身にしみています。その基本を教えられるのが実習だと思います。
大きな失敗をしても責任を負えないのが学生でありますし、小さい失敗にするコツを磨くのが実習です。まずはアクションをしましょうね!
メンバーやバイザーから貴重な時間を借りている。そして自分も貴重な時間を体験していること
当然のことならが時間は有限です。それは誰にとってもですね。
実習は学生にとってとても貴重な体験をさせてくれる機関ですが、バイザーやメンバー、患者にとっても貴重な時間なんですよ。
これは、学生がもつ力なんだと思いますが、人にものを教えようとすると人はより良く自分の言葉を考え、接し方を考え、言葉を選び、理解と疎通を図ります。
大脳皮質、辺縁系、右脳左脳、さまざまなところの脳の機能が作用し、人として、より柔軟に多様性の可能性を磨かせてくれます。
しかし、近年バイザーも責務と業務に負われて、指導に対して煩わしさを示す人が多くなっています。書類の量が増え、評価の規定が変更になり、退院サイクルがますます短期間になり、外部との連絡や調整、地域での活動などなど、リハビリが活動する場が増える分、業務も広がりを見せています。
精神分野も広がりは見せているが、身障部門と違い、医療より福祉の幅が広がっているのが現状で、其の狭間に介入するべき調整や連絡、挑戦を行っているため、なかなか指導に手を取られたくないのもあります。
中にはリハビリは他者評価がされにくいものなので、それなりに業務を流し、指導は面倒なのでしないという人も居ます・・・その辺は、難しい問題なので、触れません。。個々の意識問題ですからね。
兎に角、貴重な期間であることは、学生でもバイザーでも患者でもメンバーでも一緒です。良い学びになるようにお互い精進しましょう!
体験・経験させてもらった気持ちをどう返すか?いつ返すのか?
いろいろと実習に対して、有効的な面をお伝えしてきました。
実習中お世話になり、実習後に儀式的?にお礼の手紙を書く風習が、実習にはありますが、それは儀式として置いて置いて。
お世話になった恩義や、実習を受けて得たことをどう返せばいいのだと思いますか?
中にはお世話になった患者さんと手紙交換したり、実習後も顔出ししたり、就職したりと案外世間は狭いですが、私としてはどう返すのが良いかと考えると、
やっぱり、技術で自分に関わる人に返して行く。伝えていくことが一番なのではないかと思います。
人から”作業療法士ってどんな仕事?”と尋ねられて。
スーッとすらすらと答えられる人はどれだけ居るのでしょうか?
私は上手く答えたいと答えを用意していた時期もありますが、今は、多様性と思想、手技なので簡単に答えられるものではないと思っています。でも受け取った熱だけは伝えようと日々過ごしています。
この記事もその一環となれば良いと思います。
伝わった人が居れば、また誰かに伝えてください。よろしくお願いまします。
次は”準備しておくこと”として3つ記事を書きました。
まずは、こちらをお読みください。



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