心理教育って難しいものだと思いませんか?
私はとても難しいものだと思っています。
専門の臨床心理士や教育を受けた人でないと、難しくてできないことなんじゃないかと思っています。
しかし、時代の波には逆らえず、遂に心理教育とやらを垣間見に行く機会がありました。
心理教育を学ぶ場ではなく、”心理教育をやったほうがとってもいいですよ””すごい効果があるんですよ””薬と同じくらい大事な治療方法ですよ”というものでした。
なので、
「心理教育をやりましょう!」という講義を受けてきました。
きちんと学んだわけではないですが、なんとなくわかりました。
とての親切な講義だったので、資料もたくさんもらい、講義の時間も1日費やしてもらいましたので、とてもすごかったです。
そこで言われたことは、
心理教育は”科学的データに基づいた根拠が大事!””立証されているのだから、やらないと損です”とのこと。
正しくそうですよね。
効果があるならやったほうがいい。
しかし効果の幅は人それぞれ
でもやらないとその効果もどう出るか分からない。
だからやってみることが大事。
心理教育って・・・
そして、気が付いたんですけど、
心理教育って、マインドコントロールですね。
「自分自身に、こんな可能性がある」
「ああも出来るし、こうもできる」
「可能性なら無限大」
「思うことならいつでもタダ」
「タダならやってもいいか」
「ならやってみよう」
こんな深層心理が働くことが大事なんだと思いました。
当たり前のことかもしれませんが、
自分で感じ、自分で思い、自分で行動することが、
自分を作る唯一のこと。
それが主体性を育むこと。
そして、
主体性を育むこと方法は本当にいろいろある。
SST
認知行動療法
心理教育
自己啓発
・・・・・EX.
世の中に多種多様とある手技は、具体的に主体性を育む方法だと思います。
しかし、手技にばかり囚われて、いろいろな研修や教本、講義を受講しても、その時は”そうだ、こうしないと”と感銘を受けて、心に誓い、一大決心しても、現実との相違や夢想で処理し、一晩立てば、いつもの日常を送っていませんか?
私はそんな時間を何年も何十年も送ってきたように思います。
”ほんとうは何か出来る””周りが悪い、環境が整っていない”などの言い訳で自分を守っていました。
でも見方を変えたら一種の防衛反応なんですよね。
自分の立場を守ることは生命維持にはとても大事なことです。
一人で戦うほど人は強くないし、一人で戦う術を私たちは本能でも学習でも習っていないのだと思います。
協力して何かをすることで発展してきた人間文明なのです。
だからこそ、主体性が崩れると、協力のバランスが取れず、負担になったり、生きにくさを感じるのではないかと思います。
そして、一人で戦う姿勢に自ら身を投じてしまうことになってしまう。
とても危険なことですが、陥りやすい、人の心に持つ心理なんだと思います。
だから、心理教育や自己啓発など心を見つめ、鍛えることが大事とされ、有効性を放っているのだと思いました。
心理教育はパッケージが大事
こころに響かないと教育は意味がない。
学ぶ、習うは、やってもらうのではなく、自らやりたい、やろうという気持ちがないと成果とならないのは誰でも実感していますよね。
だからこそ、こころに響き、”そうか!””そうだ!”と思わせることがとても大事。
そのためには単純明快であることは大事。
単純明快であるからこそ、明朗快活となりイキイキと心が躍り体に伝播するのだと思います。
「ふむふむ、なるほど」「よし!わかった!」
がとても大事なんだと思います。
その効果を得るためにパッケージされたものが心に浸透しやすく、だれでも用いやすいという利便性があるのだと思いました。
しかし、私はマイノリティ
大衆の多くが「ふむ分かった。」と言っても、あまのじゃくの私は「なんで?」「どうして?」「なんのため?」「だから?」と疑心の目しか持っていない。
生き抜くためには必要かもしれませんが、共同して生きるためにはとても邪魔な思考です。
そして、万人が「おおーー」というものには共通した”単純明快”が潜んでいます。
この”単純明快”は”多角的視野・思考”とは実は反するものです。
”よし、わかった!”は短絡的思考傾向に陥りやすく、
”正解はこれだ!”と安易な方向に導きやすくなります。
意図的に思想操作にも使われ、宗教や洗脳に用いられる手法です。
意図的ではなくても、そういう指向が働くことは意識していないと多角的視野から離れてしまうことは覚えておくべきだと思います。
またまた話がそれましたが、戻します。
だから、”よし!わかった!”の後に大事なことを付け加えたいと思います。
”よし!わかった!”
”面白かった”
この面白かったにはいろいろな意味を含んでいます。
面白かったとすることで、体験として残し、「やらないといけないこと」「やるべきことでない」と意識させます。
「そんな方法もあるよね。」と”情報”としての括りを自分の心に整理します。
とっても大事なこと
ひとは、モノを学ぶのに、経験を通してから出ないと実感できず習得できない性質を持っていると思います。全く知らないことを知ることはできないのです。
なので、体験は、自分を育むために、とても大事なことなのです。
だからこそ、体験を通し、体験を情報として変化させて、括ることで多種多様な人のやり方や思想が蓄積され、その蓄積の土壌から自分の思想が生まれるものです。
そして、もっと大事なこと
ひとは体験から多くのことを学びますが、
体で感じることが体験ですので、なにも”やったこと”だけではありません。
講義を受けるのも、書籍から感銘を受けるのも体験となります。
そしてこの体験の一番大事なことは、
ひとからの”熱”を貰うことだと思います。
”熱”とはなにか
情熱です。
「ひとのどうにかしたい」「こう思う!」という情熱を感じ、自分の心が揺さぶられ、「どうにかしたい」に火をつけて、自分で自分を燃やせるのだと思います。そして燃やすことによって、主体性が生まれ、その熱が誰かのこころにも火をつけ、指向性や共同性への繋がり、協調性や社会性へと発展し文明を作り出しているのだと思います。
だからこそ、熱を感じ、熱を伝えていくことが、とっても大事である。
手技や環境などはそれほど大切な事では無く、その熱を誰かから受け取り、渡していくことが人と人とをつなぎ、心を紡ぐ、重要部分だと思いました。
だったら、だれでもできそうじゃないですか?
方法は決まってないなら、受けた熱を伝えます。
まずはやってみましょう!!!

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