こころの診方を考えよう。

2018年2月21日水曜日

リハビリ方法を学ぶ

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心は見えません

こころは、目に見えず、相手が何を考えて、何を思っているのか分からないですよね。
相手どころか、自分自身のこころも良く分からないのも事実だと思います。

だれでも、一度は自分のこころや相手のこころを覗いてみたい、しっかりと見つめてみたいと思ったと思います。

しかし、診方も良く分からず、相手の心を見ている様で自分の心に反映し、何を見ていたのか分からなくなることも多くありますよね。

そんな時は皆さんどうされていますか?

恋の悩みなら、友人に相談したり。
仕事の悩みなら、同僚や上司に相談したりしますよね。
身近に居る頼れる人に自分の話を聞いてもらい、アドバイスもらい。
気持ちを整理し、次へと気持ちを切り替えますよね。

しかし、思い返してみると、いつも同じようなことで悩んでいませんか?

いつも同じようなところで悩みません?

そしてそれに気づいた方は、なんでいつも同じ事で悩んだり後悔して、なんて自分は成長しないんだと、落ち込むことも少なくないのではないでしょうか。

実は、心の診方を知らないだけで落ち込む必要はないのかもしれませんよ。

そこで、今回はこころの診方を考えてみたいと思います。

心って葛藤するもの

心って見えないですよね。
どうやって心を感じているのでしょうか?

”わくわくする”すると笑顔でニコニコしている。だから楽しいと感じる。
人からニコニコされると嬉しくなる。

でも相手がニコニコ笑顔だけど馬鹿にされた感じがすると、悲しいと感じる。
自分も笑顔が引きつることがある。すると相手も顔が強張っている。

相手が喜んでくれたら、自分もうれしいが、自分を受け入れてくれていないなら悲しいし辛い。

そんな心のやり取りで相手のこころを見ている。
このときはこんな感じ。
この表情や仕草、態度はこんな感じ

様々な場面の色々な情報を相手から受け取って、
この人は私をどう思っているのかを思い考え、心を作っていきます。

なので、相手がどう思っているかが分からないと、辛いのです。相手の気持ちが分からないと自分の気持ちが分からないので辛い。

混乱。相手のことを思っているのに受け入れられない辛さや悲しみ
混乱に混乱。葛藤に葛藤。

いろいろ思いと気持ちとこころが絡まり混乱する。

こんな状態になると、いつものような相手の気持ちを感じられなくなりますよね。
自分で物事が大きくなってしまい。どうしようもなくなります。

こうなる前に、ひとは人に話、心を気持ちを思いを整理したりします。

心を落ち着かせるために、お酒を飲む、歌を歌う、叫ぶ、好きなことをするなどもしますが、絡まりは整理しないと解消しなかったりしますよね。

心は絡まるもの

心が絡むととても大変ですよね。
皆さんはどうされていますか?

先ほど話したように、
誰かに話す、酒を飲む、歌を歌う、叫ぶ、好きなことをするなどが一般的ですが、こころの絡まりが強いと、いつまでもスッキリせず、悶々としたり、寝れなくなったり、食欲が無くなったり、無性にイライラしたり、八つ当たりをしたりと、落ち着かなく、解消できないことも多くありますよね。

そんなときは、
”時間が解決してくれる”
と漫然とした日々を過ごして解決するとがよくあると思います。

実際に、とても良い解決方法だと思います。
時間と共に、感情面が沈静化し、思考が機能し、いろいろな絡まりを解くようになり、こころが平常に戻る形となります。

これは自己免疫機能であり、防衛反応の一部でもあります。
しかし、一度バランスを崩した心では、簡単には心が平常に戻れなかったりします。

また、バランスを崩したことが無くても、ネガティブ思考であったりすると、バランスは傾きやすく、防衛反応が過剰に働いたり、免疫機能が上手に機能しなかったりします。

そして、ネガティブ思考だけでなく、ポジティブ思考でも実は傾きやすいのです。

心のバランスは揺れているもの

こころは常にぐらぐらと揺れているものです。

それは、相手を通じて自分を評価し、存在を感じているから、相手の評価が低かったり、評価を出してくれないと、自分の存在価値を見出せなく、自分でも確認できず、自分で評価をつけても自信なく、ぐらぐらを揺れているものです。

相手にとって自分はいいひと、良い人、効果のある人、価値のある人と認識されたい。
そんな思いを抱くことは自然なことですが、それを思っていると苦しくなります。

女性は特に、集団コミュニティーを構成することが本能としてありますので、同意の価値を求めやすいです。そして常にその価値に晒され苦悩し、相手のみんなの息を合わせることを常に気にして生きています。

女性だけでなく、現代社会は人に会わないで生活すること自体が難しいです。
誰にも会いたくないと考えても、部屋にこもる以外は難しいです。
買い物するにも、外を歩くにも、人と出会います。

景色の一部として認識しつつ、過ごしている人がほとんどだと思いますが、その人たちにもコミュニティーがあり、それぞれ同じような悩みを抱えて存在しています。

学校に行けは、学校のコミュニティー、会社に行けば会社のコミュニティー、家に帰れば家のコミュニティーとそれぞれの関係性があり、その時々の顔をひとは持ちます。

そのたびに、相手の評価を求め、自分の存在を感じています。

私たちの生きている社会は、とても難しく、複雑ですよね。

こんな社会でバランスを取りつつ生活すること自体が困難だと思いませんか?

バランスを取って生活していること自体がすごいことをまずは、感じましょう!

心のバランスは崩れるもの

こころのバランスは先ほど話した通り、ゆらゆらとしています。とても不安定で危ういものなのです。だからこそ、戻る力が働きバランスを常に取っています。

しかし、突発的な衝撃やストレスなどは戻る力もありますが、継続した持続した力には耐えられず、バランスは崩れ、倒れてしまいます。

”やじろべえ”を思い出してもらうと分かりやすいと思います。

少しの力で揺れますが、重心を中心にぐらぐらと揺れながらバランスを取り元に戻ろうとします。しかし、力が強いと支えの台から落ちてしまったり。継続した力では、やじろべえ自体が歪みバランスが取りづらくなったり、取れなくなったりします。

心のバランスは崩れることを十分に理解し、生活していることが大事。

心のバランスは必要なこと

心のバランスは崩しやすいことは説明しましたが、人によりバランスのとり方はそれぞれです。

また、衝撃やストレスに対しての反応も人それぞれで、ある一定このことに対しては強く揺れてしまう人や、色々な事に大きく反応してしまう人。反応があまりしない人、反応がするが揺れるがすぐに収まる人、ちょっとの衝撃でもぐらぐらと大きく響いてしまう人など、ほんとうに人それぞれだと思います。

一般的には、ストレスに強い人。打たれ強い人。くよくよする人。サバサバしている人などと言ったりします。見方を変えたら、ポジティブな人。ネガティブな人もバランスのとり方に影響すると思います。

あえて、また言いますが、物事の受け取り方は人それぞれで、個人差が大きくあり、反応に対してもとても大きく差があります。

だから「相手のことは良く分からない」それでいいのだと思います。だからこそ、相手のことを知りたいと思うし、人と関わりその反応で自分の心を豊かにしたり、落胆したりし、鍛錬を繰り返すのだと思います。

心のバランスを保つために

大きく反応してしまうことでバランスは崩れます。そうならないためにも保つことをしないといけない。上手にバランスをとる必要があります。

方法として、

 時として、回避や逃避がとても大切です。

人は逃げることや避けることは、とても”やってはダメな事”と認識している人は多いと思います。逃げることは負けること、人としてどうなのか問われると感じていたり、感じていなくても無意識的に思っていたりします。

本能の中に闘争心というものがありますよね。自分を守る術として、他より優位な点を見つけて挑み、自分の立場を確立する。種の保存に関係する本能です。
しかし、時としてこの本能が邪魔をしていると思います。

正常に種の保存である本能が働いてれば問題ないですが、人間社会では種の保存を行うことは決して簡単な事ではありません。

なので、逃げるということより戦うことを使命として、教育され、指導され、環境的にも意識的にも刷り込まれて、逃げることは劣等感に繋がり、負けを意味するものを認識しています。

しかし、それが正しいのでしょうか?
そして、負けなのでしょうか?
負けとは何でしょうか?

本来の勝負するところは他者ではなく、自分との勝負いうのが、人間社会の本質だと思います。
そのため、逃避や、回避は負けることではなく、守ることであったり、自分との勝負を延期したりすることだと思います。

自分との勝負はいつまで経っても逃げられませんので、延期なのです。
そして、環境や他者からの侵襲や束縛などから逃れることはしっかりと自分と向き合い勝負をするためだと思います。

外部からの影響で自分自身と向き合えなくなってしまっていたら、勝負は出来ません。
自分と向き合うために回避する。延期するというのが私にとって正しい評価と思います。

そして、重要なのは、自分と向き合うことです。

(長い面倒な文章ですので、飛ばしてもいいです。)
種の保存という本能の話をしましたが、本来の本能には敵わないものに対しては回避をして自分を守ることが最優先にされていました。

しかし、高次脳が発達し、原始的な脳である本能を抑制し、高度な文明や社会を構築する内に、抑制することが当たり前となり、抑制による苦痛を感じていても、感じないように生きるのが立派な社会人として認められています。

でもそうでもしないと、人間社会の継続や繁栄は難しいのです。人の本能は欲望が中心で攻撃性も持っています。自分より秀でたものを持っていると羨んだり、いいものを持っていると奪いたくなったり、自分が惨めだと感じると他者を憎んだりもします。そんな心の葛藤を暴力で解決しようとするのが原始的な脳である本能が司っています。

そのため、複雑に入り組み、いろいろな場面で優劣があり、常に他者と接していないといけない人間社会では、自分の欲求を抑制することが必然となります。

その抑制する方法をみんなが分かるようにしたものがルールですので、そのルールも理解しないと駄目であり、そのルールも時と場面により変化したりします。とても複雑で曖昧なもので包まれているのが、私たちが住む人間社会となっています。

(読んだ方お疲れさま)

色々なものから、自分を守るためには、自分と向き合いことがとても大事

心のバランスを取る方法

バランスを取るには自分と向き合うことが大切とお話ししました。
では、どうやって向き合えばいいのかを説明したいと思います。

先ほども出ました通り、

まずは自分で自分を見える状況を作ることが大事です。
緊張や、戸惑い、混乱はキチンと自分が見えません。

1. 自分と向き合うには冷静で落ち着いた自分でいること

これが出来ていないと、無理です。

次に、自分との向き合い方を知らないと眺めているだけであったり、見つめて終わってしまします。向き合うということは良いところも、悪いところも、癖もキチンと見て理解し、動作や表情なども理解するということです。

ここまで読むと分かるように、とても難しく困難なことです。そして同時に”無理”と思ったと思います。でも無理でいいのだと思います。正直、他人が分からないように自分自身も良く分かりません。それが人なのだと思っています。

分からないからそこ、自分と向き合い、分かろうとすることが大事なのだと思います。

2.良く分からないからこそ、分かろうとすることが大事

そして、最後に、もっと難しいのですが、自分の動きや発言、考え方などで相手や周りの他者がどのように感じているかを考えることだと思います。これこそ超能力が無いと無理だと思いますが、でも簡単に考えると分かることもありますよね。

例えば、おいしいものを食べている相手は、嬉しいとか、楽しいとか。
おいしくないものを食べている相手が笑っていると、気を使っているとか、嫌みとか、その人にとってはおいしいと感じているとか。

考え方次第では無数に広がると思います。それを感じ思うことは、相手に対しての思いやりも育む結果となると思います。

3.自分を見ることで相手が思うことも少しは分かることもある

ひととひとが生活する訳なので、多少の理解がないと無理です。そして、理解をすることで心の揺らぎも弱くなり、心の準備も対応も出来るようになると考えています。

自分自身とても難しい事と思っていますが、ちょっとでもそう考えるだけでも、得した気がして、豊かな気持ちになれます。

それだけでも心の揺らぎが穏やかになっていると思います。

出来たら実践してみてください。

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