精神科の治療方法を見直そう!

2018年1月8日月曜日

主張と思い 心構えと気持ち

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現在の心の病になる状況を考えてみる

心の病になる、その背景には、色々あると思います。考えられることを挙げてみます。

  • 心の病の理解がされ、より身近となり、早期に受診をするようになったため、数値としてカウントされている。
  • 社会構造の変容や複雑化によるものでの発症が多くなった。
  • 人間関係性の多様化による自主性尊重からの関係性の希薄、それによる人と人との衝撃が強く回避技術の脆弱性により発症が多くなっている。
  • また、人との希薄関係性が家族、環境、学校、社会にまで及び、自我育成に関しても影響するため、自我育成の脆弱性による発症が多くなっている。
  • 更に、遺伝子の退化による、発症する素因要素が多く内在することになった。そして、その要素個々が自体が強くなっているために、発症が多くなっている

 

このように心の病が増えているには様々な要因があり、それらが複雑に合わせあって症状として発症するのである。

端的に記述してしまいましたが、詳細は必要に応じで、書き足していきます。

 

これでいいのか、心の病の治療方法

現在の心の病の治療方法について、紹介していきます。

まずは、どの本にもサイトにも紹介しているところから、

 

”専門医の受診をしましょう!”
”薬を飲みましょう!”
とまず、書いてあります。

専門医による、精神療法と、薬による薬物療法となります。

 

これについて、説明していきます。
専門医による精神療法とは、すなわち受診ですね。

 

”先生に、最近の調子や状態を話、大変なことや困っていることを話します。”

すると、その情報をもとに、今までの経過と照らし合わして、現状に合う薬物療法の量や質などを調整します。

 

患者さんの意向に合わせて薬を加味してくれる医師が多いですかね。
大体の患者さんの診察時間は5分から10分くらいですね。しっかり見てくれるところで20分くらいです。(5分でも診療報酬は30分以内で請求させます。)

また、精神療法に長けている医師だと、熟知しており、少ない情報でも的確に助言やアドバイスを施す医師もいます。

 

しかし、この手法もとても難しいです。受診の場面では患者は心の病を患った患者として医師の前に存在しますし、それをアピールします。

その表現が過剰なのか、不足なのか適切なのか、その場面では本当に判断が難しいです。

 

そして、それが、症状なのか障害なのか性格なのかなど区別も付きません。

”そんなことは必要ない”という医師もいるかもしれません。

医師の行う薬物療法は、治癒ではなく、処置なのでは

 

そして、親切なところには、
受診や服薬、さらに精神療法が治療方法です。
と書いてあります。

うーん。

間違いではないけど、違いますよね。

 

そろそろ心のリハビリをしっかり考えよう

医師が行う問診や薬物処方が治療だとは思えません。

現状を理解するための問診・症状を緩和させるための薬物療法としか思えません。

 

薬は確かに、気持ちも心も安らかにさせ、ざわついた心やイライラした気持ちもスーッと取る効果がとてもあり。有難い存在です。薬がないと難しいのは確かだと思います。

 

しかし、それだけで治療とは言えませんし、治癒できません。心のケアとはしっかりとしたリハビリがあると思います。

 

心の治療は人との関りでしか治療できません

 

これは、精神科に携わる人はみんな認識しているのではないでしょうか?

人の気持ちに触れ、心で癒され、自分の心を確かめ、気持ちに気づく。これを行うことで心が強くなり、自分なりな方法で生活を営める。生活に質を高めることが出来る。そう確信しているから、関りを持ち、援助や支援をしているのではないだろうか。

 

しかし、これは医師には届きにくい、日本の医療は製薬会社の後ろ盾が強く、医師も薬の調整を行うことがメインの仕事となっているのも現状である。

 

人との関りを軽視しているわけではないが、重要性を実感する立場に居ないのも現状である。医師のところにはどうにかしてほしいと頼って受診される。

 

当然ながら治したいと思いがあることが前提であるが、それよりも今の現状を楽にしたい。これからのことを安心したいと言う思いが強いための受診。それが本人や家族、または役所や関係機関の紹介で受診される。

そうなると、治したい<現状を緩和や改善 これが働く。

 

受診で治ればいいが、そんな簡単に治るものではないのは誰もが知っている。しかし、治すには時間がかかるからこそ、曖昧な提案や不明瞭な治療方針でも納得される。

現状を打開しないと先がないという考えが強く、思いも重なり、「まずは薬で様子を見ましょう」となる。

 

初受診で「人との関りを行いましょう。」「心のケアをしましょう」という医師はほとんどいない。まして、心のケア自体を薬物療法以外に明確に知っている医師が本当に少ない。

 

リハビリどころか、心のケアの重要性とやり方を知っている人も少ない。

全国には精神科単科の病院が本当に多く存在し、大勢の患者が長期において入院されています。入院していることが患者も医療者も当たり前になっている現状があります。

 

そのため、医師以外の看護師、作業療法士、精神保健福祉士でさえ、心のケアの重要性を理解してい居ない人も多く存在し、また重要性は理解していてもやり方まで分からない人も多く、知ったとしても難しい、これは私の仕事ではないと拒否を出来る環境でもあり、必要性を訴えたところで虚しさが揉み上げる現状もある。

 

精神科単科の病院じゃなくてもクリニックでも同様なことが起こっている面が強い、精神科においては、精査される前に現状があり、治療よりも処遇から発展した領域。目に見えない不可思議であり、忌み嫌う対象でもあったため、簡単にはケア自体が浸透するのが難しい分野であると思われる。

 

しかし、いろいろな場所で、講演会や研修会、学術的なことから、関り方の基本から方法、実践。家族支援など多くの機関や人が関わっているのも現状である。

 

そこからみても当事者一人で何が出来るわけではないが、様々な人が交わることで、サポートされている。しないと難しいということが分かると思う。

 

目に見えないから難しい面は確かにあると思う。しかし、誰もが持っている心というものに対しての病である。

 

心の病から心のケアとリハビリを考えてみる

心の病は、どんな人にも共通していること。

心が苦しくなったこと、悩んだこと、痛くなったこと、辛くて辛くてどうしようもない事など誰もが経験したことがあるのではないでしょうか?

 

だれもが苦悩と共に生きているのが現代社会。苦悩がない人は居ないと言われています。

 

ではなぜ、心の病になってしまうのでしょうか?

これは、我慢が足りないからとか、頭が悪いからなどではありません。

人の気持ちを感じることに重点を置いてしまったり、自分の気持ちを抑えていたりする。自分に対して我慢強い人こそなる病気とも考えられます。

 

ある程度ひとは、悩んでも、辛くても、忘れたり、まあいいかと諦めたり、回避したり、心に区別を持ちます。しかし我慢強かったり、責任感が強くまじめであったりすると、より強く心への影響が及びます。

 

心の病気になる人は真面目な人が多い。

 

また環境がそれを増長させる。気が付いたころには抜けられず。抜けることが悪と思えてしまったり、従えないとなどの心を縛る発想まで生まれてしまう。

心のあり様はとても複雑にひととひとの心理に影響しながら変化しているものなので、”頑張りが足りない”など一蹴することがどれだけ人を傷つけるか理解することが大事です。

 

心のケアの考え方とやり方

ではどうやって心の病を抱えた人に接すればいいのでしょうか?

本には、うつ病の人には”「頑張れ」と言ってはダメ”。統合失調症の人には”順序立てて説明し、何度も繰り返す”。知的障害の人に”複数の支持を与えない”。感情圏の人に”「落ち着いて」と言わない”などなど、禁句的に書かれている本があると思います。

しかし、これは禁句ではなくアドバイスです。そういう傾向があるので注意しましょうということです。

人は同じひとは居ないように。こころの病も同じ病はありません。心が違うので傷口も治し方もみんな違います。

 

考え方としては、

ひとの心は違い、病も違う。だから治し方も違う。

これだけです。

 

ケアの仕方は、

その人に合った形を考えるところから考える。
考えるためにその人がどんな人なのか検証を繰り返す

これです。

これは難しいのかもしれません。

精神科特有のひとのこころを感じるという作業から始まります。

それは、自分の心も分からない、苦悩もしたことあるが、圧し潰されそうになった人は居ないからです。

心を病んでしまった人は大半心が圧し潰されてしまった人だと思います。そのため、ひと以上に苦悩し、混乱まで至ったひとなのだと思うので、心に対する構えが全く違います。

それを分かったように、勉強したから、国家資格を持っているから、などと傲り、”がんばりましょう!”。”なんとかしましょう”などの声掛けは、親や家族友人以上に傷つけ、生きることへの苦悩と烙印を押し、絶望感を与えていることを知らないといけないのだと思います。

だからこそ、医療者だから出来るのではなく、出来ないことを認め、そこから、何が出来るのか、必要ならば研修や講演会、自助会などに参加し、知識やかかわり方と学べば良いのだと思います。

それも無く、やってしまうことは、治療ではなく、拷問だと私は思います。

 

人として関わることが得意な人は居ない。だからこそ人として関わることが大切なんだと思います。

 

人として関わることを苦悩していることが相手にとっても治療となり、上手く関わることが治療ではない。

だからこそ、その人に合った形である治療を考え、考えるためにその人がどんな人なのか喋り、行動し、関り、その都度、検証することが大事なのだと思います。

そして、その行為自体が治療になるので支援者としてと肩に力を居るのではなく、関わることが一番の治療ということを意識してほしいです。

 

心のリハビリについて考える。

心のリハビリを私はメンタルリハビリと呼んでいます。

あまり、専門性が強すぎるのか、考え方が職人的すぎるのか、思想はあるが言葉までは先行していないので、唱えておきます。

 

メンタルリハビリとは、

心のケアを説明させてもらいましたが、それをより有効的に活用し円滑に操作し高度な結果を生むための手技だと考えています。

 

身体障害分野でリハビリは今は誰もが認識していると思います。

悪くなったところを訓練して強化、修正させる。または悪くなったところ意外を強化修正して、補う。

これがリハビリ概念です。

 

精神にもこれはあります。しかし系統だっていません。なぜなら、心が見えず、その時々に表情を変えるからです。変えるため、いろいろな手法があるのは知っているでしょうか。

集団精神力動学、行動学、心理学、などなど

そこから派生している様々な療法や治療方法。数えきれないくらいあるのではないでしょうか。

 

しかし、心が見えなくても共通点はあると考えます。心を受傷している。程度はそれぞれだし、形もそれぞれであるが、受傷しそれにより、症状や障害で苦しんでいることには変わらない。

そして、治療方法は

しっかりと受傷した患部を観察する。どのようにして受傷したのか、どのように治そうとしているのか、どのように保護しているのかなどを確認する。

観察確認した上で、どのように支援指導できるのか検討し、対象者の生活の質が向上するように関わるのが、メンタルリハビリだと思います。

これも簡単なようでかなり難しいですよね。

 

これが出来るように私も日々頑張ります

 

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