【サポーター用】メンバーが亡くなるということ。

2017年12月12日火曜日

もがきと気付き 苦悩と失敗

t f B! P L

こんにちわ。久しぶりに記事を書きます。

生きているといろいろあります。

毎日が戸惑い、苦悩、落胆、受け入れ、安堵、楽観、不安と、目まぐるしく変化しながら日常が過ぎていきます。

今回は、先日、メンバーが亡くなりました。

これをどう捉えていいのか。

考えがまとまらないので
記事にしてみようと思いました。

メンバーは一人暮らし、

以前は陽気に、飄々とデイケアに来所していた。

ここ数ヶ月、転倒を期に活力の低下。

デイケアにも余り来られなくなった。

食事もあまり食べていない様子。

訪問し、ヘルパー導入検討。

契約手続き中だった。

1週間連絡が取れず、連絡をしたが、連絡取れず。

その数日後、警察より自宅でなくなっていた情報が入る。

人の生とは何なんでしょうか?

医療という壁を作って、それ以上に踏み入れなかった。
訪問してヘルパー導入を検討したが、
それ以前に、訪問して指導していたら・・・

生活態度は以前より気になっていた、
服装が乱れたり、衛生面が保たれていないことが、目に見えていた。

声がけはしていた。食事や調子などの伺いはしたが、
デイケアということの枠組みを決めつけ、そこに安寧の地を築いていたのではないか。

しかし、どこまで?という気持ちもある。
業務の中でいっぱいの気持ちや動きの中で、それ以上に何が出来るのか?

訪問や伺いは行うことは可能だが、収益とはない、ボランティアとして。
ボランティアというのは聞こえがいいが、押し売りになる可能性と、
医療のカテゴリーから外れることで、

こちらからは善意としても、
相手にとっては悪意となる場合もあり。

自分の立場が曖昧になる状態なのに、
相手を守れるのか視れるのか。

しかし、倫理としては納得しない。

気持ちの迷路。

先日、メンバーにも報告した。

同じように、苦悩の表情をとくに女生メンバーが示した。

表出した言葉は同じように、
「何かできなかったのか・・・」
自分を責めていた。

釈然としない。苦悩を感じる。

その中にいる自分。

しばらく、悲壮感の空気に包まれている。

ふと生前の明るい、飄々とした表情が脳裏に浮かぶ、

「そんなことないよ」

あるとき、オセロを一緒にゲームしていて、席を立ち戻ると、明らかに戦況が変わっていた。
「あれ?なにか違わない?」
それに対しての返答だった。

ちょっとした。いたずら好きで、よくされた。
そして、表情もにこやかに、優しく笑う笑顔があった。

今でも、それは、脳裏の残り、
これを書いている今も、微笑んでいる。

お悔やみになれば・・・と思います。

このブログを検索

記事

人気の投稿

HOT!

実習期間中の過ごし方

QooQ