アリの社会は3割しか働かないという。精神科組織はどうなんだろうか?

2017年7月7日金曜日

もがきと気付き 気持ちコラム

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思考を書き残すことは大事

こんにちわ。

最近、少し間をおいてまた書き始めました。
いろいろと頭で考えていることが多く。

書いてなくても変わらない日常なのですが、
やっぱり、初心にもどり、

”自分の思考を書いて残そう”と改めて思いました。
自分の思考がすごいことだとは決して思っていませんが、
誰かから賞賛されたり、褒められたいのは”あります。”

”大いにあります”

自分も人を褒めないけど、褒めてほしい願望は強いです。
ハシタナイですね。すいません。俗物なんで。

褒められたいだけで、始めたものですが、結構?予想道理?誰からも褒められることもなく、求められることもなく・・・・というのは無いですが、知人にはいいねと言ってもらったが。。。

そういうことを言いたいのではなく、やっぱり書くことは大変です。頭の思考を止めて、文字にする。
その文字がうまく打てず間違える。思考だけが先走りしたりすると、何も書いていない。
文字をキチンを打とうとすると、何を書いていたのか分からなくなる。

そのため、私のように、思考を巡らすのが好きで、いろんなことを独りよがりで楽しんでいる人が、
褒めて欲しいだけで、ブログを始めると、

”ああーこうやってみんな失敗するんだな。”と一人決めつけて、結論づけています。

たまに、更新されていないサイトを拝見すると”やっぱり!”と勝手に確信しております。

何か褒美をもらわないと脳への刺激が薄くなる

そして、脳は勝手に動く。

文豪かはすごいな。面白くかけるライターもすごいな。
才能か。。。いや、面白く書くための探求をしているから書けるんだよな。

どうやって書くのか?
・キーワードを絞っていく。
・物事の視点・切り口を考える。
・伝え方の方法を思案する。

最後の伝え方がクセモノだな。これができるから人に読ませる文が出来るのだろう。。。

さてさて、またまた。駄文をつらつらかきました。

結論!
”褒められたいだけではダメだ!”そして”褒めてもらうだけでもダメだ”
 ”何か褒美を貰わないと脳への刺激が薄くなる”

ということになりました。

よければ褒美として”広めてください!”

あなたの応援で私は元気になる!!

今日の本題行きますか!

”アリの社会は3割しか働かない、精神科の組織はどうなんだろう?”

詳しくは知らないが”アリの社会は3割しか働かないと言う”
どこで得た情報だろうか?人から?TVから?雑誌から?そんな情報を持っている。
たぶん、結構な人が持っている情報なのではないだろうか?

今回このお題が出てきたのは、

 医療という分野での働く自分たちの立場はどうなんだろうか?と訝しげに考えることがあった。

大前提の中で、医療というのは。

病気を患う患者さんを治すために治療を行う。その治療までの行為に至るまでをそれぞれが分担し実行していく。
これが基本になると思う。違っていたらそもそもの間違えかもしれません。

で、個人的に考え、実感した。それぞれの役割を次のように言葉にしてみました。

  • 医師が診立て、情報を集約し、指示を出し実行する。
  • 看護師は医療的ケアを行い、医師へ情報を提供、治療に向き合う患者さんに寄り添い援助する。
  • 療法士は指示を受け、関わり行動し、専門的に診立てつつ、実行する。
  • 精神保健福祉士は専門的知識と技能で、生活面を捉えて寄り添い援助する。
  • 臨床心理士は専門的技能で分析評価を行い、支援し整理する。

このような関係にあると思われる。

しかし、精神科の領域は、

目で障害が捉えられない。傷口も見えなければ、痛みもわからない。
どのような症状で、どのような障害をもち、どのように苦しく痛いのか。
そして、どのような人なのかも、よくわからない。

建前上はそれを理解するために、観察や寄り添い、診立て、処方、療法、支援、援助となっているが、
見えないので、

”見ているふりをすることが可能となる”

そして
”見ているつもりが、見てなかったり、見えてなかったりもする”

本当に、
”見えている人””見ている人”がどのくらいいるのだろうか?

そして、その人たちはどれだけ
”役割を全うしたり、対象者のために専門性を活かして「働いている」のだろうか?”

蟻は10割いたら7割は遊んでいたり、ぐるぐる回っていて非効率的だったり、巣の中でぼーっとしていたりしていると言う。

 残りの3割が能率的に餌を求めて巣から離れた場所まで探しに行き、餌を見つけると巣に戻り仲間を集める。 仲間も餌の運搬を能動的に行いそれぞれの役割をキチンと担い全うしている。

 人はどうなんだろうか?

会社は部署や役職などそれぞれが機能し、成果を挙げられるようなシステムが構築されている。
また成果がないと部署の編成や倒産ということになったり、人の入れ替えが起こる。

一般病院でも同じような部署や役割がある。少し特殊で医師が社長で、医師が複数だと社長が何人もいる。そのまわりに部署がありそれぞれの役職がある。そして、長年の医師主導制度と地位の確率により強固に機能している面もある。しかし成果が挙げられなかったりすれば会社と同じような責任が負わされる。さらに、医療ミスなどの過失が起こりやすい機関でもあり、運営・リスクの管理はとても重要視されている。

しかし、精神科はどうなんだろうか?
一般病院のように部署と役職もあり、それぞれが機能もしている。しかし、成果というのが難しい。収益面だけで考えらた。人を呼べばいいが、何かを掲げないと人は来ない。
そして掲げたもので人を得ても掲げたものをその人が獲得しなくても、成り立つものである。

つまり、ゴールが曖昧である。ゴール自体がどこにあるのか、本人にも専門家もよくわからない。
吟味して、協力して、機能すればゴールが見え、道のりも分岐したどり着くのも大変であるが、無くはない。

しかし、それぞれが機能して見えるゴールと道のりである。

またその道のりを歩く意志か当事者にあるのか、関係者のゴールになっていないかも吟味も必要になる。

なので、そこまでしないと”見えないもの”なのである

2階の教室から校庭から特定の小石を見つけ、手に取るようなもの

だから、探すふりして、
校庭を眺めているだけでも
校庭ではなく、空をみている
校庭ではなく、教室をみえている
目をつぶっている
肉眼のみで見ようとしている
望遠鏡を使っている。
双眼鏡の向きが違う

見つけても、それを取れる手段をしない
役割が機能していないので、見つけてないふりをする
一人で校庭まで行き、教室からの眺めを想定して捜索するまで一人に関われない
他の役割に機能してくれと頼んでも、”機能しいる””ちゃんとやっている”と返答される

みつけられなくても、てにとらなくても。

それを当事者は手に取らないと大切なものとわからない。必要としていない。

そして、まがい物がたくさん校庭にあるので、それぞれの専門性で違うものを見つける場合がある。

みえないため。必要とわからないため。

どれがほんとうなのか分からない。

医師の指示が出しにくい構造が精神科だと思います。

なので、働いているふりをしている人。全く働かない人も許されている。

成果が無く、責任も問われなく、社会としてもどう扱ってよいか苦慮しているため、税金という医療費で維持され。その上に患者ともども、私達が胡座をかいている、

そんな構造が頭に浮かび、
精神科医療職員は何割が働いているのだろうか?
仮に働いているのが3割だとしても、機能的に適切に働いている人は1割も居ないのかもしれないなぁと思いました。

やっぱり、書き残しても
ろくな文を書きませんね。
でも残します。もらうまでは。

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