依存症との関わり方

2017年4月4日火曜日

支援のポイント 支援方法と対処

t f B! P L

最初に、依存症とはどんなものなんでしょうか?

依存症とは、人に依存し、人の意見に左右され、自分自身を見失ってしまう人。

症状としては混乱します。

さて、かかわり方として、よく用いる方法としては、自立するように
自身で考えるように、促したり、時には突き放したりしたりすると思います。

色々な話を聞いていると、不安と確認が多く、時とするとアドバイスとなり、それがその人の行動を制してしまい。

うまく行けば、「有難い!」となり更なる確認と、指示を求めてきます。
失敗しても、「次はどうすればいいんですか?」と更に強く指示を仰ぐようになります。

人によっては、あなたのせいで失敗したという人もいます。
支援者にとっては迷惑なるため、嫌煙されたり、邪魔者扱いになったりもされることが多くあると思います。

そのため、上記のような、対応方法が一般的に行う支援方法となっていると思います。

もう少し考えてみる

しかし、それでいいのでしょうか?

なぜ?判断を仰ぐのか。
指示がほしいのか。
確認がほしいのか。

促しても
突き放しても
更に求めてくるのはなぜなのでしょうか?

確認のためか
職員の顔を窺うのはなぜか?

「なんで見るの?」と問いても”見てません!”と言い切る。
嘘つき。確信犯。めんどくさい人。心が卑しい。

自分を保障されるような言動や行動。

伺いを立てるような仕草

などなど、色々な疑問をつないでいきます。

一つの仮説を考えました。

本人の見ている世界はどうなのか?

物事の判断が曖昧で、優先順位なんてものはつけられない。
しかしつけないといけないことも分かっている。
そして求められる。
答えを出す。
そして間違える。叱咤される。馬鹿にされる。
でもなんで間違えなのか区別がつかない。
更に馬鹿にされる。
自分でも馬鹿と思う。
心が歪んでいく。
歪まなくても、防衛的に、人に答えを求めるようになる。
正解を求めたくなる。
導き出せないから教えてほしい。
だから黙る。
答えると間違っているから、黙る。
話すと馬鹿にされるから黙る。
だから人の顔色を窺う。
黙ってうかがう。

ココロが不安

心は不安でいっぱい。
だから人に憑く。
心の安らぎを求めて憑く
しかし、嫌われるのは嫌だから懸命に離れるが、
心は不安でいっぱい。嫌だけど人に依る。

だから人を見るし、人の意見にも同調する

全ては自信がないから。
自信がないから自分もなくなる。

判断が出来ず、自分が無くなる

そう考えると、
問題は判断がつかないだけ。
物事はきちんと理解できないだけ。

自分が無くなるほど重要なことなのか。

支援としたら自分が自分でいいことを認めてあげる環境と
不安でも立ってられる。安心した居心地。
間違えても非難されない環境。

見ても馬鹿にされたり、指摘されたりしない環境がとても大事。

そう考えました。

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