相談を先延ばしにすることは重要か??

2017年3月23日木曜日

気持ちコラム 主張と思い

t f B! P L

相談が多い

先日、
「相談が多いね。」
「もう少し、待てないのかね。」
「待つのも訓練だと思うけど。」
と言われた。

私の業務で確かに相談は多い。
連休明けだったり、一週間に一回の利用の方は何かしら、相談内容を持ち込んでくることが少なくない。

指摘通り、相談が多いときはよくある。
先日も、午前中ほぼ相談されていることがあった。一人終わると待ちかねていたように、次の人が「ちょっといいですか?」と相談してくる。

相談されるのことはとても有難い事と思っています。
信用されているから相談されるのかな?と
話をすることで安心する存在ということなのかな?と
話の中での自分の考えや助言が少しでも助けになっているのかな?と

うれしい反面、常に怖さと戦っています

しかし怖さもある。
うまく話が聞けないのではないか。
聞き方を間違えて怒らせたらどうしよう。
怒鳴られたらどうしよう。
信用を失ったらどうしよう。
自分の発言で今後のことが左右されたらどうしよう。

デイケアの存在自体に影響するのではないか、
もうデイケアを利用しなくなったらどうしようか

問題が大きくなり、訴訟になったり医療問題になったり。
その人の人生を左右してしまったらどうしよう。

そんな緊張感の中で、お話をするのはとても疲れるし、
ましてやプロの心理士でもない。カウンセリングと言われるものでも、手法も知らない。
プロでもカウンセリングは疲れるという。
手法もあるから大変だと思うが、素人だからの疲れもとても大きい。

嫌なら辞める?

ならやめたらいいんじゃないか。そんな危険なもの。疲れるものをやる必要があるのか。
やるにしても制限をかけたらいいんではないか。

そんな言葉が浮かぶが、浮かぶだけで、検討もしていない。

なんでだろう。
そして、「待つのも訓練だと思う」という言葉を聞いて。

切羽詰るからの相談なのでは?

はっと!検討し始めた。
相談したいのは。気持ちが溢れているからではないか。
整理できないからではないか。
誰かに話を聞いて欲しいからではないか
混乱していて整理と指示がほしいのではないか
何かにすがりたいのではないか。

そう考えると、切羽詰まっているからの相談だと思える。

確かに、社会ではいろいろな問題が起こり、自分で解決しないといけないことが多い。
問題はそこら中に漂っているので、回避は出来ない。
だから抱えることも大切。抱えて生活することの大変さや苦悩さ、そこから得られる自己回答は誰にも出せず、忘れない記憶となり自分のものになる。
そう考えると確かに、抱えることは不条理ではない。

しかし不安は付き纏う

しかし、抱えられないくらいの内容だとしたらどうだろうか?
抱えることが大きな障害となり、再燃の危険性があるとしたらどうだろうか?

そんなことはデイケアでは相談しない。主治医へ話せばいい。
そう思えるかも知れないが、主治医との診察は週に一回が通常。また診察時間は多く取れず。悩みや相談は話して終わってしまうし、話し終わる前に打ち切られたり、話せる雰囲気ではない。

では、どこで話すのか?家族、友人、恋人、知人、相談センター。
その人たちがいないとしたら、居ても相談できる人ではなかったら、信用してなかったらどうだろうか?

またそんな中で、デイケアを選んでくれているとしたらどうなんだろうか?

相談者として選んでくれた

そんな存在になっているデイケア。そしてスタッフとして働いている。
この上ない、やりがいが感じられないか。

また抱えられないくらいの内容ではないとしたら、
誰がその内容を精査するのか?
様子や感じで把握して判断したとしても、それは一方的指標であり、当事者としたら抱えられないくらい、再燃してしまいそうなくらいの問題なのかもしれない。

誰も、精査できない。
相談に線引きは出来ないのでは。

そして、相談してくれることを喜びとして、答えられる範囲で答えていくことが大切なのではないか。

ひとこと断って伝えていますが・・・

確かに、危険性は含んでいるが、プロではないことを伝えることと、アドバイスではなく、個人的意見として、相手の立場を考えて、気持ちの整理ができるように努めて返していくことがとても大切なんではないかと思います。

長々と書きましたが。今はこんな感じです。

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