はじめに
今回は、もがいた状態での書き込みです。これも整理するために新たに書き加えました。またちょっとは良くなっているとは思っていますが、まだまだ文章を纏めることが出来ません。以下はちょっとは良くなった状態で書いたものです。本当に精神的・心理的ダメージは思考への纏まりに影響を及ぼすことを自分の体で実感しました。読みにくい部分しかないと思いますが、お読みしていただける方は十分に注意してお読みください。
まずは起爆剤の出来事
私事ですが、先日、職場会議にて
「看護師さんって話をするだけですか?どう思っているのですか?など言われ、自分が何も役に立って無い様で”辞めたいです”と師長に先日話しました。」と週2日デイケアに非常勤看護師に突然言われた。
私に身の覚えがないのなら、大いに抵抗しそんなことを感じてしまうような威圧感があったと、反省できるのですが、発言自体というか態度もありありの状態だったので、とても心に刺さり、響きました。
言い訳も何もないのですが、
その方は病棟師長をし、定年退職後一年間孫の世話などしていた所、師長からのオファーで週2日来てもらっている人でした。
しかし、カルテも読まず、情報も収集をあまりせず・・・・
週2回なら情報はあった方がいいのではと、居なかった日の事も含めて朝送りを行っていました。
しかし、「知らない人の事まで言われても」と言われ、それならと知っている人の事だけ送っていましたが、あまり聞いていない様子。
潜在的に不安定での足掻き
そして前々回の職場会議にて、運営が一人だと大変だと所長、師長、事務長に話したら、「人員補充は無理。雇える収益がありません」と
今までにも診療所デイケアとしての維持と発展を考えて模索し続け提案もしていましたが、提案なのでと却下されたことも多々ありました。
経営の事もあるので仕方ないことなのだと思っております。だからこそ、衰退する精神科デイケアを利用者のニーズに合うために、より個別に、治療的に行う必要があると提案してきましたが、医療はどうしても医師・所長の権限が強いです。精神科リハビリをどう理解するかで大きく違うと思います。それは病院においても同様なのではないかと思います。
クリニックだからと発展的に行っている所と衰退している所の大きな違いでもあるのかもしれません。
そして、その時前々回の職場会議にて”一人では集団が保てません。崩壊してしまいます。何もできませんし、現在何してよいのかもわかりません”と訴えた。
しかし、再度「収益が無いのに難しい。収益上げられたらいいのですけれど・・・」と言われました。
「しかし現状だと、リハビリとして何をしていいのか、今までアンテナ張ってこれからをどうするのかを考えて、集団を診て、個別を診て関わってきましたが、一人では無理です。集団も作れないしどうしたらよいのか分かりません。」「ひとりで行うということは、あまりアンテナを張らないってことですか?頑張らないということですか?」と質問してみた。
「そうですね。あまり頑張らずの方がいいですね。」と返答された。
更に「今後の事も考えると縮小もやむを得ない。」「他のところを見るのも悪くない。一か所にいるといろいろと煮詰まるから」と言われた。
そこからすでに落胆もしていたのだと思います。
しかしその際に非常勤の看護師より「申し送りと振り返りはしなくていいです。質問したかったら聴きますので」と、言われた。
その事について師長に話しても「経験があるから大丈夫なんだと思います」という返答でした。
いろいろと、やるせない気持ちと精神科看護とは何なのか分からなくなっているのと、精神リハビリの違いや、デイケアのおいての役割を証明したくて。その後、様々な場面でいろいろと言い放っていたことを覚えています。
なので身に覚えがありありで、それに対しての反応なんだ思いっています。病棟師長としてのプライドとこの組織での信頼度もあり、若輩の私が提唱や苦言はプライドを気付つけたのだと思います。
それはそれで、ショックでしたが、いやかなりその場で言われたことがショックでした。
そしてダメージ
その場の雰囲気がとても心を侵襲させたのだと後で、思いました。
その発言に対して、「デイケアでそんなことが起こっているなんて知らなかった。」と師長が話し「辛い思いをさせた、しかし辞めることは認めてない。とても素晴らしい方だと思ってお呼びしたので、辞めてほしくない」と話し。デイケアの状況を私に尋ねつつ、作業療法士として何かできないのか?と提示される。更に、以前デイケアで非常勤として働いていた看護師(現在外来)が「発言が強いです」「何も言えなくなります」と話す。
時折の沈黙。糾弾された感じがヒシヒシと伝わりつつ、感情が沸かない。
非常勤医師が話し合いが出来てなく方向の違いと取り合って、私への意見を求めてくれたが、虚しい言い訳をしたことだけを覚えています。
瞑想と低迷。不眠・動機
デイケア存続のためにやらなければが、やらないとと変化したことになっていたと、権限を越えてまで逸脱していたことの衝撃と諫めと、そして何よりも今まで提案してきたことが受け入れられないというよりも、承認されていなかったんだと思ったことの衝撃が強く。
何のために、人に寄り添い、苦言や導き、後押し、見守り、などの手法を学び、試行錯誤していたのか、何のための作業療法士なのか分からななくなり、
そこから、眠れず、胸が苦しいとか、今まで経験したことのない、衝撃を自分が感じてしまったのであろう。
次の日、歌を歌うプログラムで、号泣しそうになり。
気持ちが意図せず、抑制できず。あふれそうで辛かった。そして早退した
その次の日に見かねた事務長が声をかけ、明日面談しようと言われた。師長も同席し師長がずっと話しかけてきた。いろいろ訪ねてきた。「寝れていないでしょ。辛いと思いますよ」「大丈夫なの」などと話しかけ、
普通に返答しようと思っても、涙声に、嗚咽を堪えながら答える自分がいる。受診を進められ所長より薬を処方された。
抗うつ剤。
自分自身が飲むと思ったら、結構な恐怖が沸き起こった。
しかし、感情が抑えられなかったり、少し思うだけでグラグラする気持ちに翻弄されるよりもと言うか、辛さが全身を襲っていたので服用しようと思った。
しかし、妻に話すと「これ飲んだことあるけど、結構しんどいよ。がっつり抗うつ剤だよ。昨日セニランですこし良かったんだったら、セニランで試してみたら?」と言われ、セニランを飲んだ。
やっと眠れた。しかし感情はグラグラしている。
結構難しく。
実習生も居たので、何とか非常勤看護師が勤務する日だけを休ませてもらい3週間。経過。
久しぶりの対面する曜日の出勤。
それも実は一か月休ませてほしいと、事務長に早々に話していた。
纏まりが欠けたので後日書いております。
早退した翌日だった。
「分かりました。」と言ってくれたが、
2週火曜日休み、事務長より「来週から火曜日出られないのか」「このままではデイケアを考えないといけない」と詰められた。「来週は難しい。再来週は出られるようにやってみます。」と答えたら所長に伝えておきます。と言われた。
実は、所長との受診は2回ほどした、一度目は事務長と師長と面談後、薬の処方にて、その際にも、まずは薬を出しておきましょう。と
二回目は師長が進め、その1週間後。気は進まなかったが受診した。
所長より「管理者でもあるから主治医は難しい。別のところで診てもらった方がいい、まだまだ薬は必要と思う。」
「あまり、避けていても仕方ないので、出来たら出てきた方がいい。」
私は”事務長にも話しましたが、個人とかではなくて、自分のやってきたことが意味の無かったこと何ではないかと、個人だったらある程度距離とったりすればいいと思っているのですけれど」と伝えていた。
しかし、その一週間後に事務長から「デイケアを考えないといけない」「所長にも言われたと思うが避けていても仕方ないと思う」「出てこれないのか」など話をされ、
やっと理解した気持ちになれた。
動悸の原因は不条理。そして状況理解へ
”私は、分ってほしいという気持ちが一杯だったんだ”
と
そして、”人の気持ちが分かるということは、この場では無理なんだと”
諦めというよりも、やっと分別が付いたのだと思いました。
私という人間は、依存心というのか、理解してほしい理解したい。繋がりたい。愛でてほしいという願望が強い人なんだと思います。
それは誰にでもあるのかもしれませんが、私自身の母親がとても過保護に無条件で愛情を注いでくれた。それ自体は幼少期には当たり前だと思い、甘え生きてきましたが。
社会では誰も構ってくれない。いや構ってくれていても足りないと感じていたのだと思う。甘えの上の依存なのかもしれません。。
なので人と関わることへの挫折と距離感を持ち集団より個人で動くこと、興味関心で個別に動くことが多くありました。
なので、気持ちは満たされつつも何か充足感が足りない。信頼という言葉へのあこがれモアあったのかもしれません。
そして、それ自体が甘美な目標値として存在していたと思います。
そのために仕事もこうあるべきとこうなりたいと、精神科特有の閉塞感からの解放を望んでいたのだと思います。
なので、求めていたのだと思います。充実感を仕事で、人に。
熱をもって伝えて行けば理解しあえると、純粋に思っていました。しかし仕事は思いと気持ちで行うものではないのだと思います。
それぞれの気持ちがあり、団結というのは本当の意味では難しく、支えあうという言葉はどちらかが寄りかかってしまうものだと思います。ちょうどよいバランスを常に保つということ自体がお互いに理解していないと難しいですからね。
だから、相手の事よりも自分自分だったんだと思ったんです。
気持ちを残すことの意味
人に自分の気持ちは、ほとんどの人が話しません。
だって恥ずかしいし恥ですよね。
今でも、そう思っています。
では、なんでこんなところに書いているのか?
誰かが読むと思って書いているのもありますが、気持ちの整理した記録として書いている事。その時に感じた感情を残したいという気持ちで書いております。
自己分析と言いながら、やっぱり、写真と同じように気持ちの記録なんですよね。
あとで読み返すと、結構恥ずかしいし、笑えますが、それを楽しめるのもいいものかと思っております。
そんな訳で、書いているうちにやっぱり、私は共有感を求めているのだと思いました。
そして、鬱々としていた状態から脱したのではないかと、まだまだ朝は動悸がしますし、職場で職員と顔を合わせると動悸はますます激しくなり息苦しさが募りますが、まあ、でもデイケアで一人でいると落ち着くし、メンバーは自分への攻撃もなくある程度、認識してくれているので気軽に居られています。
今後、デイケアの縮小も言われ、GW明けには実行したいと言われていますが、まあここで何かを求めない。と思えば気が楽になり、だれもが求めているわけではないことも客観的に理解したのだと思います。
つらつらと書いているといくらでも言葉になりそうなので、この辺で終わります。
読んでくれた方。乱文、まとまりに欠ける文章をお読みしてもらいありがとうございました。
ではでは。今後ともよろしくお願いいたします。

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