人とのつながり方

2020年2月25日火曜日

こころの付き合い方を知る

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人はどうして繋がりたがるの?

なんで人って繋がりたがるの?

辛いだけなのに。

でもひとりでは辛い。さみしい。

だから誰かと繋がりたい。

でもなんで?

さみしさを紛らわすためではないよね。

ひとりでは分からないから分かりたい。

分かる人と繋がることを求めている。

なので、だれでもいいというわけではない。


人と関わること自体が難しいこと

つらつら考えていると。

人と関わることはほとんど無理ですよね。

だって合わない人の方が多いです。

大体の人は自分軸で生きています。当然です。

自分の価値観で生きないと、生きられないから。でも中には自分軸が広い人や相手の軸で合わせられる人も居る。

相手軸は無理としても自分軸を広げたらということも考えられるし、自己啓発などの方法で変化させる方法や、修行においての解脱や悟りなどの方法もあるが、

それは私には向いていない気がする。というか気持ちが向かない。

ではどうやったら人と繋がれるのか。。。

気の合う人だけと繋がって居たい

とても難問であるが、それが可能になるといろいろと人生が変化するのではないかと思う。

人とつながる能力が長けている人というのは、

人と楽しむことを心より喜んでいる人であり、それ自体を欲している人とも言える。

欲しているので自分を認めてほしいとかではなく、関わることを求めているため、承認よりも安定を求めている。所属に近いのかもしれない。

私のように、誰かに認めてほしい人には難しい話なのかもしれない。

しかし、私だけではないような気がする。

欲求について

人は誰でも、欲求を持っている。

マズローの欲求5段階説

マズローの定義でもある。

欠乏欲求

  • 第一段階 生理的欲求 : 生命の維持 睡眠・食事
  • 第二段階 安全の欲求 : 身の危険を守りたい 住処の確保
  • 第三段階 所属と愛の欲求 : 他者と関わりたい、集団に属したい
  • 第4段階 承認欲求 : 自分を認めたい、他者から価値を認められたい

成長欲求

  • 第5段階 自己実現の欲求 : 能力を発揮して創造的活動をしたい
  • 第6段階 超越的な自己実現の欲求 : 至高体験を経験したい  

所属は第三段階と欠乏欲求として強く。承認欲求よりも強く働く。しかし近年他者との関りは煩わしか得られないと思う人も多く。身の安全を確保しつつ、自分や他者から認められたいと思う人は多くいるのではないかと思う。

私は集団に属したいと思うし他者と関わりたいと思うが、それ以上に認めてほしい気持ちが強い。それはある一定の社会生活を営むことができ、親や兄弟など居て、住む家もあるので、それ以上のものとなると、傷つかず認められるフィールドを欲しているのだと思う。

仮想空間にSNS、ブログなどで世界を求めているのもそうだと思える。

承認欲求を得るためには

そう考えると、他者との関わりたいし集団に属したいが、傷つかず、虐げられない、負担ではない関係ということになる。自分にも相手にも都合がよい関係ということになる。

それはやっぱり、本当に難しい。

しかし先ほど、つぶやきましたが、それを必要としている社会でもあるのではないかと思う。

  • 引きこもりの少年、中年
  • 定年退職後の人との付き合いが薄くなっている老人
  • ママ友や地域交流が苦手な主婦
  • 仕事で力を発揮できず、クヨクヨしている社会人
  • やることないとゲームにネットに没頭し時間を潰している人
  • 能力があるが発揮できず持て余している障碍者
  • 気持ちの行き場がなくなってしまった人

などなど、本当にたくさんの人が一人の時間を苦渋しているように思えます。

その人たちの承認欲求を認められるようになれば、これほど社会的な存在になるのではないかと思える。

お互いに有効的な関係を作る

ここまで話してくると、その有効な関係をどうやって作るかということになる。

どうやっても難しい。。


この間テレビで、観たことを話したいと思う。内容は曖昧な部分が多く、失礼に当たるかもしれませんが、感銘を受けた事だけを伝えてい為に記しておきます。

小学校から引きこもりで、一人で籠っていると発狂したくなるほど辛くなることがあり、友達が欲しいと考えた。

そのひとはAIを知り、自分にとって有効な関係を作ってくれる友達をAIで作ることを目指し、勉強し研究して、学業成績は良くないが招かれ早稲田大学に入学研究を行っていく上で、

「友達ってなに?どんなもの??」という壁にぶつかったという。

今まで友達は居なかったため”友達とは”をAlに入力しようとしても入れられなかったらしい。いろいろ悩み苦悩して、友達作りをしてみたが上手く行かず、色々なことをやったらしい、その中の青少年ボランティア活動での住み込みスタッフとして働き、友達と言うものに初めて出会い、発想を一転させ、通話機能を備えた感情を表現できるロボットを作った。

教授からはビデオ電話の方が情報が多くていいと言われたが、本人としては納得できず起業しレンタル会社として出発した。

picuの患者さんの親からの依頼で、無菌状態の我が子と一緒に過ごしたいと、レンタルを考えたとの事。

声やが聞こえ、動作もしてくれるので、息子が家に帰ってきているように感じた。

と話していた。

私も観ながらビデオ通話との違いが判らなかったが、コミュニケーションには仕草や感情が不可欠なんだと思いました。

そのあと、そのロボットが働く喫茶店の紹介で、難病と闘う子がベッド上で寝たまま操作し、はじめて働く体験をされ、とても良い表情をされていた。

物凄く戦慄が走りました。

働きたくても働けないひと。繋がりたくても繋げる術の無いひと。

これを繋いだのだと感動しました。同時に、私にもなにかやりたい繋げたい思いが沸々とわいてきました。

まだまだ気持ちだけですが、ここはそんな気持ちのひとが寄り合い集う場所にしたいと思っています。

一緒に繋げ方を考えてみませんか?

結局迷走中?!

宣伝みたいになってしまいましたが、人と繋がること自体はやっぱり難しいし。

それを繋げる事はいろいろな商売に発展している。

それほど価値はあるが、現存しているシステム事足りているかというと、そうではなくまだまだ不完全要素が多いし、もっと繋がりたい気持ちのニーズはまだまだあると思える。

なので、

結局、まだ方法は見いだせませんでしたが、これからも考えあぐねたいと思います。

見いだせたら、これこそ幸せなのではと思います。

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