精神デイケアも病院とクリニックでは違う

2019年12月31日火曜日

心構えと気持ち 精神デイケア

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今回は、精神デイケアはどんなところに在り、どんな機能を持っているのか紹介していきたいと思います。

それはなぜか?!

精神デイケアという本は何冊か販売されていますが、出来た歴史や、やっている取り組みやら基準やらは書いてありますが、系統的に書いている本が見当たらないし、現実はもっといろいろとあり、派生して存在している状態であり、ひとくくりに、精神科デイケアというだけでは語られないのが現状です。

誰も語っていないから、良く分からなくなり、現状の精神デイケアって何?に繋がってしまうと考えました。

このままでは、と思い。今回は精神デイケアの流れと枠組みについて語ります。

何回か似たようなことを書いたことも有りますが、その辺は、置いておいてください。

精神科デイケアってどこで行っているの?

精神デイケアはいろいろなところで実施しています。

まずは、どこで行っているのかを説明します。

精神科病院デイケア

精神科病院のデイケアは多く、現在はクリニックで行うデイケアも多いので、クリニックの数の分、クリニックが多くなっています。

昔は保健所でもデイケアを行っていました。(今も行っているところもあるかもしれません。)病院での機能としてのデイケアは入院患者が退院後に地域生活を安定させるために存在するものが中心でした。なので病院系列のグループホームで入居して、日中は病院付属のデイケアに通う。

一見、効率的かもと思えますが、抱え込みであり閉鎖的な医療体制。循環型運営が非難を浴びました。さらに同系列の作業所を運営し、高齢になると療養病棟に入所させたり、老人保健施設に入所させ、内科病棟で終末期を看取る形をとっているところも結構あります。

これも、非難を浴びましたが、現実は簡単ではなく、精神病というだけで、他患に迷惑がかかる、職員の偏見もあり、他病院での受け入れを断ったり、グループホームの今では多いが、郊外ではまだまだ少ないのが現状で、一般入居は断られることも多く経営をせざる得ない状況でもあった。

終末期医療も精神科単科でも見ないと難しく、内科医を呼び内科病棟を併設したりして対応している。

なので医療・福祉の抱え込みを偏見で非難するのは考え物でもある。

保健所のデイケア

こんな病院つながりから離れて引きこもりや通院者、保健所が関わるケースなどに対しての、日中のフォローとして、保健所のデイケア運営がありました。

保健所も業務の合間での運営のため、毎日や毎週は難しく、毎週水曜日や隔週での開催、月一開催での運営しているところがほとんどでした。

そして、現在は、あまり実施しているところは聞きません。(知らないだけならすいません。勉強不足です)

メンタルクリニックでのデイケア

1999年を境にメンタルクリニックと心療内科が急激に診療所として開業が増えました。厚生省が発表しているグラフを見てください。

精神科・心療内科を標ぼうする医療施設数~厚生労働省「平成21年地域保健医療基礎統計」第22表 精神科・心療内科を標ぼうする医療施設数(重複計上)の年次推移,一般病院-一般診療所・都道府県別のデータを基に作成

なぜ増えたのかは、ひとつには、”うつ病の薬が良くなったから”と言えます。

従来の三環系抗うつ薬からSSRIという、セロトニン再取組み防止法を用いたことにより、副作用が少なく効果的に作用される薬が出たこと、その薬を内科医でも精神科医でも処方できたことでした。

もうひとつには、社会的にうつ病の罹患者が世界的に急増してきたことにより、日本では1999年のSSRIの発売と同時にCMにて”うつは心の風邪””早期治療が有効”と謡い受診の啓発活動に大きく貢献しました。

そのために、開設する精神科医、内科医が増えました。さらに、開設に際しての設備投資が少額にとどまり、医療点数も良かったことが更に後押しとなっていることは間違いないです。

そのため、うつを扱うデイケアも多く存在します。

各施設でのデイケア内容の大きな違い

精神科病院が出来た背景

精神科を運営している病院がどのくらいあるか知っていますか?

総合病院では,

ほとんどないです。国立(現:独立行政法人)や社会保険病院などにはあったりしますが、民間で総合病院ではないですね。

しかし、精神科は単科の病院として運営しているところはいっぱいあります。
精神科病院とは単科の精神科病院を指します。

それだけ特殊なんです。

なんでそうなのかというと、

精神科単科で病院を経営出来るからです。また医師の間でも精神科をあまり好んでいない部分があるのも事実です。「治せないのに医者?」という風潮があります。


では、精神病を取り巻く環境を想像してみましょう。

精神を患ってしまうと、ひどい場合は、人とは、違う、様子がありました。

喚く、騒ぐ、吠える、暴れる、自分を壊す、攻撃する。などなど、

村で共同生活したりと、人と協力して生活するには、大きな壁が存在しました。

 精神障碍者が家族に居ると人に知れると、村からは孤立し、すべてのことを家族のみで営むことを余儀なくされ、娘が居ても結婚できず、家の建て替えや、稲刈り、田植え、水害などなど、人手が必要な場合も手を貸してもらうことも出来ず、寄り添いながら生計を立てていた時代では、殺すことも出来ず隠すしかなく、私宅監置を行っていたり、生活がある程度豊かになっても、村の目や町の目を気にし、結婚や交流が途絶えることの怖れなどあり、私宅監置を行ってきたと思われます。

そんな時代から、1950年に精神衛生法が制定され私宅監置が禁止されました。そして、都道府県に公立の精神病院の設置が義務付けられました。

1955年-1970年に国からの補助があり、民間精神病院も多く建設されました。
*15年間に25万床までになったそうです。

もともと、精神障碍者を持つ家族は、出来たら関与したくないという人も多く、また町中にあると迷惑ということ、そして、ある程度の敷地が必要であり、遠くて土地が安い場所でも建設が可能ということもあり、人から町から離れた、山里に近い場所に建設されていることが多いです。

一方で療養ということを配慮して、郊外の温泉地、森林浴など自然豊かなところは精神を休めることが出来ると謳い、温泉地にあるところもあります。

人から離れればいくらでもいいようですね。

年号やデイケアの成り立ちについては、この記事でも分かりますかね。

ということで、諸外国と足並みそろえるためにも、私宅監置という野蛮なことをやめて、国で管理しようとしたことが始まりであり、それでも足りず、民間にお金を出して収容してもらっていた。という流れです。

精神科病院のデイケア

精神病院が建設されて、1974年には精神科デイケアが診療点数化され、精神病院のどこそこでもデイケアを始めました。

それは、25万床の大規模な精神病床にかかるお金と、社会的入院と言われる病院の病床が生活の一部となり、何年もそこで暮らしてしまう人、社会は怖くて出れない人、家が無い人などなど、病院での生活が無く、社会で暮らす能力が著しく低下してしまい。諸外国の流れもあるし、経済負担も大きく、訓練して社会に適応させようと、診療報酬化としました。

なので、民間の精神病院はお金になるなら何でも、というのとノーマライゼーションの流れや専門職の活躍の場でもあり、意気揚々と実施する場所が増えました。

病院でのデイケアの内容

しかし、もともと閉鎖的環境で看る、診るが基本の姿勢であった精神科医療と、長期の病院生活で患者の意欲低下が強く、多剤併用の薬物療法が基本であったために副作用も強く、思慮低下に情緒低下、無為自閉の患者も多く、活動内容も限定的なものでした。

内容としては、

  • 料理
  • 手芸
  • 工芸
  • 華道・茶道
  • 書道
  • 絵画
  • 映画
  • 音楽鑑賞
  • 演劇
  • 園芸
  • 農耕
  • スポーツ
  • 散歩
  • 買い物・外食

散歩・買い物・外食と院外で行うものもありましたが、出来るだけデイケア内で行うものが中心で、デイケアも病院内敷地に併設されているので、グループホームから病院に通う程度で入院生活から大きな変化ではありませんでした。しかし、障碍や症状より変化に敏感で、すこしの変化に対しても不安と恐怖が起こることを考えると、退院するということはとても大きいものでした。

別の見方をすると、精神という面から芸術や道が多く取り入れられていますね。

また、院内で行っている作業療法との違いがあまりないようにも感じますね。しかしおかれている環境と構成スタッフの違いにより、変化していきます。

変化してきた、病院デイケア

しばらくは、病院とグループホームでの生活を支えることがデイケアでの役割でもありましたが、1981年に精神障害者共同作業所運営費補助事業が東京都で開始され、全国に広まり多くの作業所が運営されると同時に、デイケアから作業所へシフトする人も出てきた。

しかし病院は医療のため、抱え込み大きく、また福祉業界への認識が弱く、閉鎖的な病院も多く存在した。

1997年に精神保健福祉士が国家資格となり、立場上しっかりとした地位が確立され、多くの福祉団体や家族会などが立ち上がり、1999年には地域活動支援センターが法定化されて、地域での精神障碍者の受け皿が増え、病院医療から地域福祉への流れが大きくなってきた。

それでも精神病院は医療という枠から出ることなく、同じような治療方法である多剤併用、手工芸中心の作業療法などなど。

しかし、そんな地域の流れを受けている、デイケアはドンドン変化して来ました。地域で生活するために必要なことを学ぶプログラムが増えてきます。

  • 服薬指導
  • 金銭管理指導
  • 疾患指導
  • 日常生活訓練
  • 買い物指導
  • 心理教育、SST

あとあとでは、病院内でも行っているところも増えてきましたが、もともととは利用者のニーズと働く職員が地域での生活を配慮しての指導でした。

精神保健福祉士が大きく関わっています。

しかし、閉鎖的環境の病院やデイケアでは、2019年になる現在でもこれらの訓練や指導、学びはあまり積極的に行わず、手芸やスポーツ、お出かけなど、慢性化した利用者への提供プログラム中心になっているデイケアも多く存在します。

非難したいところですが、現実はそんな簡単ではありません。長期入院生活を営んだことによる意欲低下は大きく、また高齢化も進んでいるため、新たな訓練や指導が困難な状況であるため、地域で生活するためには大事な役割なのです。

地域活動支援センターでも同じような役割はありますが、同じような役割でも利用者がデイケアから移って利用するには大きな決断と意欲が必要になりますし、職員体制が医療費と補助金の関係もあり大きく違います。

少し前まで、デイケアは給食まで点数化されていたので提供されていました。のでデイケアを利用するメリットは大きくあったのです。


更に、進化するデイケアでは、心理教育に力を要れ、認知行動療法やSSTを本格的に行い、仕事への模擬体験や就労支援、作業場斡旋なども行うようになって来ました。

しかし、たびたびですが、昔ながらのデイケアはまだまだ存在し機能しています。

なので現在は心理教育などに力を入れているデイケアか、活動(アクティビティ)中心のデイケアかで二極化しています。

そのため、二つに分けて運営しているデイケアもありますが、規模が大きくないと難しく、大体のところは、活動中心であるが、少し心理教育を取り入れているデイケアが一番多いですかね。

どんなものなら利用者に受け入れられるか、苦悩しているスタッフが目に浮かびますね。

診療所・クリニックデイケア

うつ病薬の改良と認知の働きにより、多くのクリニックが開設され、デイケア開始されました。

そのため、デイケアに求めるニーズは病院ニーズと大きく違います。

「早く治して社会復帰したい!」と願う人たちです。

なのでプログラムも初めから大きく違いました。

  • 服薬指導
  • 疾病学習
  • 復職指導
  • 生活改善指導
  • SST・認知行動療法
  • 運動
  • 調理

社会生活を機能させ充実させるプログラムが大きく取り入れられ、実行されました。

そのため、専門的に学び指導する職員が必要であり、診療所が出資して資格や講習を受けさせるところも多くありました。

しかし、指導方法や療法には知識と技術が伴わないと難しい面が多くあり、職員の合う合わないなどの特性と技能的にセンス・力量が大きく影響し、院所の差が大きく、マニュアルで行うだけのところも多く存在しています。

また病院理解や方針の差は大きく、精神病院付属の診療所では医師が病院からの出向のため地域医療的な視点が弱く、服薬指導中心で精神療法への理解は乏しい方もいます。

そうなると、プログラム自体が病院デイケアと変わらないところも多く存在しています。

そのため、診療所のデイケアでは中間層があまりなく、

社会生活を機能させ充実させるプログラムに特化するデイケア

日常生活を安定させ、営む楽しみを与えるプログラムが多いデイケア

に分かれています。

クリニックデイケアの現状からのぼやき

精神科の医療発展は薬物療法がより効果的に改善され、病状コントロールもしやすくなってきた。また精神療法も理解と浸透が広がり展開している。

しかし、昔の定型薬や旧式精神療法を実行している病院やクリニックも多く、デイケアもクリニックだからとよりリハビリ的にと関わっているところも多いわけではない。

流れとしては、クリニックは収益のため、リワークや大人の発達障害専門デイケアなど行い。カリキュラムで実行しているが、本質を理解して実行している人は多くなく、マニュアルを説明しているところも多いと思われる。

それは仕方ないことなのかもしれないとも思う。

人は、他人にはなれず、痛みは分からない。

どんなに苦労しても察しても分からない。

また今は診る力を養うところは少なくなり、業務遂行や軋轢回避を基本と知る姿勢社会が基本となっているため、本質を解いても答えられる人やそこに重きを置いている人は本当に少ないと感じています。

私のように、なんでも本質を知りたがる。面倒な人は邪険にされるだけで、弾かれるか疎まれることが多くあるので、共感してくれる人は本当に少数。

でもそれでも賛同する人が居ると思うし。

それがないと、治療者としてどう関わっていいのかが皆目見当がつかないと思ってしまします。

治療者って何?と自分に問うことが多いです。


なので、今回はデイケアの違いからでも自分を見直したいと思い、書き綴りました。

自分で記憶していたが理解していない部分が多くあったと実感しています。病院付属のクリニックで職員も病院からの職員なので、違いもなく分ける必要性もないものを、

自分が治療だリハビリだと、ただ喚いていただけだったんだと気が付きました。

しかし、納得するにはどうにも面倒な性格です。

利用者が居て、その人たちが社会生活で苦悩して、もがいている姿をみて、手を出したくて、出すと家族のことや友人のこと、お金のこと将来のこと、仕事のこと、借金のこと、恋人のことなどなど色々と実生活で困っていることが出てくる。

そんなことにどうして無視できようか。

無視する必要はないはず。。。でもなんで職員との軋轢を生むのか・・・・

私が横柄だからか。。。

それは何で利用者を見ないの?と私自身が叫んでいるからか・・

診て聴いて、察して、助言して、指導して、支えて、見守ってが私たちの役割と思っているから。

それを他人に求めているから、

求めてはいけないものなのか・・・・求めても得られるものなのか。。。。

もともと話を聴いて困ったことを対処する姿勢。これは病院姿勢、間違っていないのかも。そう考えると、求めること自体が違うこと。

提案しても、伝えても、難しい。私たちの仕事で察することは、それぞれにおいて違うことなのかもしれない。

自分で持っている意味を人に伝えることはいいことであるが、強要すること自体がダメ。

強要せずに、伝える。または表現するためには。。。。良き理解者が必要ですかね。

何か、感じることがありましたら、コメントください。

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