モヤモヤの先にあるもの。ーどうでもいい独り言ー

2019年6月23日日曜日

こころの付き合い方を知る

t f B! P L

今回はグダグダです。

グダグダ内容です。

今回は、注意です。どうでもいい内容を思考の端として残しておきます。良ければお読みください。何か感じてもらえれば幸いというか、感じた方がすごいです。

「人間は考える葦である」Byパスカル。と中学生の頃、習いましたよね。

人は考えられる動物。思考が働かせる。それも高度に。それはとても良いこと。倫理・理論が発展し文明も発達した。お互いの距離感や道徳が生まれ社会を形成している。

先日、友人に会い。こんな話になった。

「そうそう、昔自分も同じように悩んだよ」

「それでどうやって解決したの?」

「え?どうだったかな・・・・うーん。」

しばらく友人は考えていたが、答えは出せなかった。

人って都合がよく忘れられる動物ですよね。当然なので、攻めるとか非難とかではなく。ただ単純に”忘れるんだよね。人って”と思った。

内容はちょっと違うが以前いこんな時期も書いております。良ければお読みください。

そして、次の日にふと思った。

実は、その時には、もう一つの思いも錯綜していた。

”考えることは、人生の苦悩の面と、それ以上に、至福の時なのかも”と思った。

人は想像するもの、そして創造していくもの。

つまりは考え思い苦悩してこそ。作り上げ成し遂げ、生きていく。苦悩こそが人生である。

しかし、そうも簡単にいかないのが人生。

それはなんでか。人生=苦悩だからだ、でも実際は人生≠苦悩 当たり前のことですよね。同義語ではありません。でも人生>苦悩 この書き方には語弊がありますが、人生の中に苦悩は内包していると思うのです。

悩み苦悩しない人なんて、存在しませんよね。ユングもフロイトも、アドラーもみんな苦悩の話をしていますよね。

人は苦悩して生きている

そう思ったら、面白くなってきてしまい。

苦悩って何?って考え始めた。

苦悩<悩み

苦悩の大枠には悩みというものがあると思います。

悩みはすぐに解決するものと、しないもの、そして悩むが浅いもの深いものとあると思います。

なので、縦と横にの関係図が描けると考えると、苦悩の反対側には何があると思いますか?

至福だと思うのですよ。充実感や達成感、そして生きるエネルギーがあると思うのです。

だれにでも経験があると思います。頭を悩ませていた問題が解決した時の高揚感や充実感。清々しさを覚えていますよね。

人は脳を、思考を追いつめた後に得られる快楽を欲しているとも思えるのですよ。

試験の為に、生活を勉強に当て、何十時間、黙々と勉強部屋にこもってカリカリとする。それ自体は苦痛でも、覚えることの快楽はありますよね。追い込むと食事も睡眠もトイレも我慢しながらやりますよね。

苦痛や苦悩だけなら、やりませんよ。脳の崩壊を招いてしまいます。

経験として、覚える事の喜び、学ぶことへ充実感。そして、テスト用紙にスラスラと答えが描ける快楽、終わった時の解放感や高揚感。最後に試験の結果が出た時の達成感、充実感、解放感、高揚感。すべてを味わうことが出来る事を知っているから耐えられるし、頑張れるのです。

人は快楽を求めて生きている

といっても過言ではありませんよね。苦悩の先を見据えているから耐えられるのです。

苦悩の先が見えなければ、とても辛く苦しいものになります。しかし人はそこから逃れるすべ、解決するすべを持っていると思うのです。

探求心と洞察力、観察力などと匹敵するくらい重要である。

思考力です。想像力、創造力。応用力。これらが脳内を駆け巡り、問題を解決方向に向かわせる働くを持つのだと思います。

しかし、学校で習うのは、数学、国語、英語、理科、社会、という知識=情報が多く存在します。想像力、応用力も確かに必要であり、発展させなくては解けない問題もあり。学問まで突き詰めたら、必要不可欠になりますが、高校入試、大学入試という形では情報主体でもクリアできるところがあります。

それがダメと2020年度から大学入試の方式変更を行い、より考えられる人材を育む方針に変わろうとしていますよね。

自己洞察力を習い、育てる環境はあっても学ぶ機会が無いんですよ。そして育てなくても生きていける環境が整っていると思われます。

なので、少し横暴かもしれませんが苦悩から心を病んでしまうことも有るのではと考えました。

脱線していましたが、戻します。

悩むことと苦悩することの先には

悩めば悩むほどに、それを解決した場合の開放感や達成感などの充実感を得るのではないでしょうか。

だから、人は悩むことを行い、充実感を得る喜びを求めることも有るのではないでしょうか

しかし、単に悩むだけでは、解決する方法も分からず、苦悩に繋がってしまいます。苦悩は抜け出せない迷路のようなものだと思いますし、脱出すれば解放感も充実感も得られるのだと思いますが、

長い間迷路にいることでの弊害は計り知れないのではないでしょうか、身も心もズタズタにされ、脱出できるか分からない状態で、居続けることは心を病んでしまう可能性は高くなります。

悩みも苦悩も、それを解決して解放という形が取れたらどうでしょうか!

解放されたときに起こる、解放感、達成感、充実感はものすごく得られ、快感として脳に成功報酬的に得られるのではないでしょうか?

肉体も頭脳も鍛えれば鍛えるほど楽しく、楽しみになり、応用力も機動力も上がりますよね。それと同じような働きが起こるのだと思います。

解放法を模索する。

その模索方法の術を知らない人が多い。

その術のやり方だけでも人は教わりたいし、教わろうとする人は多いのではないでしょうか。しかし現状そこに行きつくまでに、苦悩が膨大になり、心を痛める人の方が多い。気付けない環境下で生活する社会においては辛いことなのかもしれません。

また、脳の機能に忘れるという機能があります。

処理しきれないものに対して、抱えると心身ともに機能低下を起こす可能性がある場合はリセットするためにも忘れることが、大事でもあり、生きるうえで不必要な負荷を忘れさせてくれます。

解決できないの出れば、忘れることに越したことは無いからです。

”ああ、、だから忘れたのか。答えたと思っていても答えられなかったらか、忘れたのか。それってよくあるよね。でも困らないし、いいか。って思ったんだなっ”と私は思いました。

前置きが長くてすいません。こう思っただけなんです。こう思ったからこそ、頭の中でつながった話なんです。

友人に対して馬鹿にするとかではなくて、自分も良くそうして問題を問題と思わないように、自分に不利にならないように、都合のよく事実を違う方向に捉えたり、忘れたりして心の整理をしているな。と気が付いたのです。

ほんとうに人のココロはご都合主義だなって思ったんだけなんです。

悩みや苦悩を解くカギは

そろそろやっと終盤に来ました。どうでもいいつぶやきもこの辺で終わりにしたいものですね。

モヤモヤの先にあるものは、解決すれば、充実感!解決しなければ、忘れるか、強いモヤモヤであれば苦悩となってしまいます。

それは避けたいですよね。

なので、解くカギとしては、

想像力、理解力、そして自己洞察力がとても重要になってきます。

自分が何でどこにどのようにしたいのか、どの辺が辛くどのようにすると楽しいのかなど、実は人はあまり理解していません。

洞察しなくても、必要性があまりないのと育てる環境がありませんし、どうやっていいのかわからないので、苦悩しかありません。

思春期には自分がだれで何者かなど、問うことはあっても答えが出る人はほどんどいないと思います。

だから、自分が何者かは置いておいたとしても、どのようにどんな形で、どう考え、どのように思っているのか、人とはどのように違うのか、などなど追及することがとても大事になると思います。

グダグダと描きました。戯言にお付き合いして頂きありがとうございました。

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