今回はタイトルずばり!!!
治療とはQOLを向上させること!
ですぜ。
当たり前のことなのかもしれませんが、
思いついたのです。
なのでこの話を今回書きます!
治療ってねぇ
いくら薬飲んだって、デイケアに通ったって、就労移行事業所に通っても、就職しても結婚しても、ボーっと過ごしても、どれもOK。でもベストかは分からない。
デイケアって中間施設なんですよね。
がんばれば頑張るほど、利用者であるメンバーは居なくなるのですよ。
外来からはやっぱり就職したい人が多いんですよね。それか就労継続B型とかね。地域活動支援センターに行く人も居る。
医師がデイケアの利用性を理解していない。生活リズム作り、友人作り、日中の居場所の確保くらいにしか思っていない人も多い。
でもこれって、仕方ないと思いませんか?
リハビリがキチンと説明してこなかったんですよね。そしてそのリハビリがデイケアって何するところか分かっていなかった。
私も分かっていません。
なんだかパソコンみたい
で、考えたら、デイケアってパソコンみたいだなって思ったんですよね。
いろんなことが出来る。音楽聴いて、ネットして、文章書いて、ブログも作れる。ゲームも出来て人とつながったり、アイデアがあれば本当に無限に出来るのではと思う。
デイケアだってそうですよね。個人でも集団でも、ゲーム、音楽、演奏、歌、手芸、料理、外出、スポーツ、まったり、昼寝、読書、工作、園芸、演劇、絵画、などなど、思いつくものならいろいろ出来ます。
でも、使うのって人なんですよね。
そしてその使う人が、アイデア持っていなかったり偏っていたりするんですよね。
それを支援するスタッフも多様性を持ち合わせているわけではないんですよね。医学知識とある部分の技術なんですよ。あとはその人の趣味や思考、生き方などしか提供するものがない。
苦労は買ってでもするもの?
それでずーーーーっと苦労したなって思いました。
昔は、その多様性を広げることがスタッフの作業療法士の役割だと思っていたけど、いまは更なるアイデア以上の生き方、考え方、捕らえ方なども意識して考え、学び、実践して反復してとその人により”その人の心”を、提供できるように頑張っていた気がします。
でもこれはエゴと自讃の板ばさみ。
出来ることもしていることも、根拠よりも実践。もしかしたら間違うかもしれないという恐れと不安の中で、いつか刺されるかもという恐怖心まであるのかもしれない。
これでいいのか?
そんなことを長いことやってきた。それでも人は少しずつよくなり、幸い刺される事が無く日々を暮らしている。
結果として人は旅だち次へと移るため、また減っている
また考えた。
何が出来るか。
で心理教育。指導的誘導。
教授の提示。受ける自由。
などなど。
いろいろと考えたけど。。
さまざまな提示を考え協力してもらい。
心理教育だけでも4プログラム。
それに、生活習慣病、栄養指導、ストレッチメソット、機能改善、リラクゼーション。
ものすごくいろいろ入れた。メンバーに伺いを立てて了承をもらい。
で、思った。必要なものを思考し、形として提供したら。
あ、生活の質を高めたいのだなぁと。それをしたいんだ。
それが支援なんだと。
認めてみると意外と簡単?
あっさり、認めました。
そしたら、精神科の医療自体も。
完治はしないし寛解ですものね。
生活の質にゴールないしね。
達成感を感じること、
幸せを感じることが、治療ということですね。

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