コロナウイルスの影響で社会が一変したように感じます。
これまで当然だった活動や、先の見通しが見通せなくなり中止になることが連日のように報道されています。
さらに今後起こるかもしれない事柄を踏まえて
対策や予測をして、行動を行い続けているように感じます。疲れます!
が、なぜこう疲れるのでしょうか。
これまで経験や慣習になっていたことが行えなくなったこと
先が見通せなくなった不安感
自己決定が制限された中で、
いま自分自身に出来る事は何か!?を考えていく日々です。
しかし、自分の出来ることって何があるのだろうか?
他者からの評価、自分自身の評価 が混ざった中で自分は何がスキルとして提示出来るのか考えています。
ここ最近のテーマがスキルです。
自分のマーケットバリューって何か考えたことはありますか?
マーケットと言われて、思い描くのが、食料品のスーパーマーケットです。
食料品が並べられ、良いと感じた品物を顧客が選択して購入していきます。
自分が品物だとすると、マーケットっていまはどこを指しているのか?そもそも品物として、顧客、社会が選ぶとしたらわたしは選ばれるのだろうか?
入職したときは、新鮮さが売りでしたが、いまはそれはないでしょう。。
自分のマーケットバリューは何によって決まるのか?
マーケットバリュー=技術資産 人的資産 業界の生産性
それぞれが3つの要素を掛け算して出来た集合体のかたちが、
市場価値なのかと思います。
技術資産=ほかの会社・施設・病院・環境でも通用する技術的蓄積
職種に紐づけられた専門性。経験?
人的資産=ひとことで言うと人脈。
業界の生産性=一人当たりの粗利 給料の原資
自分の置かれている業界を見据えた判断が必要なのか‥と思いました。
そのマーケットバリューの判断は顧客 クライアントでしょう。
その相手は上司ではなく、マーケットを見据えなきゃいけないのかもと思っています。
その上司が判断することで、どのようなメリットが生み出されるのか?むしろ使い捨てのようにならないか?(会社はだれかが抜けても必ず回り続ける。それが組織力だから)
使い捨ての中でも、何を見出すのか?自分の市場価値がわかることで、いま行っている自分の仕事に対しても、視点が変わってくるのかもしれないとふと思い、記しています。
顧客から良いと思って選ばれるようになったとしても、スーパーそのものがなくなってしまったら生産性はそもそも成り立たなくなります。
ただ、技術的蓄積にはなります。
顧客が良いと感じる基準って目に見えないことが多いような業界に身を置いていると思います。
そりゃ、病気の有無を判断すれば、わかりやすいことこの上ないですが、難しい問題です。
だれが、自分のスキルを判断して、マーケットバリューとして成り立っていくのか?
そもそも、今わたしがいるマーケットが伸びていっているのか‥?
それは、薄々感じてわかっているからこそ、こんなもやもやを
書き連ねているのでしょう。
自分のスキルを把握して、色々と踏み出すことが大切と思って、今日も自分のこれまでの経験や失敗談をひたすら膨大な資料とともに振り返り、断捨離の効率を落とす 今日この頃です。
ありがとうございました。

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